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お寺は本来どんなところ|人気のお寺・さみしいお寺の分かれ道

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カテゴリー:基礎から学ぶ仏教 タグ: 更新日:2019/04/09
 


多くの日本人の心のよりどころでもあった「お寺」が日常風景から消えつつあります。
後継者がなく、住職のいないお寺が急速に増えているのです。

この現状に、仏教月刊誌『とどろき』読者や住職の方からも「日本人は大事なものを失ってしまうのではないか」という不安の声とともに、「寺院は本来の役割を果たしてほしい」という要望も多く寄せられています。
寺院が持つ「本来の役割」とは何なのでしょうか。
 
仏教の目的を明確にするところから、寺院再生の道を探ってみたいと思います。

寺が消える!?

全国の総寺院数 約77000カ寺
無住寺院(住職がおらず後継者も見つからない) 約20000カ寺
不活動寺院 約2000カ寺

2040年までに現在の約3割の寺院が消滅する可能性があるという。
(鵜飼秀徳著 『寺院消滅』より)

テレビ番組や新聞紙面でも「寺が消える」という話題がしばしば取り上げられています。仏教文化の中で育った日本人にとって避けては通れない話だからでしょう。
 
寺院消滅』(鵜飼秀徳著、日経BP社)という本が出て話題を呼んだのは2015年。
それによると、寺院は全国に7万7千カ寺。
このうち住職がいない「無住寺院」は2万カ寺もあります。
他の寺の住職が兼任すれば、寺は存続できるが、そのような住職もなく活動できない「不活動寺院」は、2千カ寺に上ります。
さらに、約20年後には現在の3割の寺院が消滅するのではないかと言われています。
 
仏教月刊誌『とどろき』からも、多くのお便りを頂いたので、一部を紹介します。

○長野県・男性(69)

「お寺では法話がなく、寂しい限りです。もっと皆で仏教の教えを聞くご縁があれば、人を思いやる和やかな世に少しでも変わっていくと思います」

○北海道・女性(75)

「今のお寺は仏教伝道の役割を果たしてないと思います。お寺は門徒の心情に添い、教えを伝える場となってほしいと願っています」

○兵庫県・男性(54)

「今のお寺には、死んだ人を供養する場所というイメージがありますが、本来は仏教の教えを説く所でしょう。若い人でも気楽に行って教えを聞けるようになったらいいのにと思います」

 
このような意見に共通するのは、「子供の頃は、お寺にたくさんの人が集まってにぎやかだった」けれど、今は「死んだ人が相手の場所」「仏像に向かってお経を上げるだけ」「宗教ビジネスに熱心」となり、私たちの生活と接点がなくなってきた、という指摘です。
 
仏教とはそもそも、お釈迦さまが生きた人を相手に、苦しみ悩みを解決する道を説かれたもので、お経とは、その教えをお弟子方が記録したものなのです。
それなのに今日の仏教は、死人ばかりを相手にし、生きた人に教えを説いていないことに不満、疑問があるようです。
 
寺院の住職さんからも次のような声が寄せられています。

「私は説法できないので布教使を招待してきましたが、世間話が大半で、親鸞聖人のお言葉が聞けないので、門徒さんに申し訳なく思っています。寺に人が来なくなるのは当然の結果かもしれません」(石川県・80代住職)

「浄土真宗の寺は親鸞聖人の教えを伝える所ですが、それができていないと思います。まず、僧侶が親鸞聖人のお言葉の意味を知っていなければ、寺が存在する意味はなくなります。これが寺院衰退の大きな要因だと思います」
(岐阜県・50代住職)

「どう生きる」より大事な「なぜ生きる」

こうした反省から、様々な悩みを抱える人たちの相談に乗り、「こんな生き方もあるのでは?」と、生き方をアドバイスする取り組みが、最近、寺でもなされているようです。
 
励ましや、慰め、反省させたり、勇気づけたり。
 
そういう話に、「何だか気持ちがラクになった」「明日からまた頑張ります」と来た人が喜んで帰っていく。
これが「本来の寺の姿」と思う人もあるでしょう。
 
しかし、このような「どう生きるか」という話も大事ですが、もっと大事なことを忘れてはいないでしょうか。
それは、「なぜ生きる」の一大事です。
 
例えば、「どう歩く」という歩き方も大事ですが、もっと大事なのは、「なぜ歩く」、歩く目的でしょう。
会社に行く、買い物をするなど、まず目的があって、その次に、そこまでどう歩くのかという「歩き方」が問題になるのです。
 
ところが、肝心の目的地が分からなければ、どのように歩いたところで、歩く苦労が皆、無駄になってしまいます。
私たちの人生も同じ。「なぜ生きる」が定まって初めて、「どう生きる」が問題になるのです。
「なぜ生きる」の一大事が分からねば、どう生きようと、禅僧一休が歌うように、
 
〈人生は 食て寝て起きて クソたれて 子は親となる 子は親となる〉
〈世の中の 娘が嫁と 花咲いて 嬶としぼんで 婆と散りゆく〉
 
悩んだり励まされたりしながら、結局、一生、台所と便所の間を行ったり来たり。
その間、娘さんが嫁となり、やがて嬶(かかあ)といわれ、おばあさんに変貌する。
どんなに健康に気を遣っても、せいぜい50年から100年の人生。
長いようで振り返れば、あっという間です。
散りゆく定めの人生なら、何のために生まれてきたのか?
人は、なぜ生きるのでしょうか?

人生に後悔を残すな

お釈迦さまの説かれたお経に、次のようなお話があります。

昔、ある男が3人の妻を持って楽しんでいた。
1番めの夫人を最もかわいがり、暑さ寒さにも気を遣い、ゼイタクの限りを尽くさせ、一度も機嫌を損なうことはなかった。
2番めの夫人は、それほどではなかったが、種々苦労して、他人と争ってまで手に入れたので、いつも自分のそばに置いて楽しんでいた。
3番めの夫人は、何か寂しい時や悲しい時や困った時にだけ会って楽しむ程度であった。

ところがやがて、その男が不治の病に伏す。刻々と迫りくる死の影に恐れおののいた彼は、1番めの夫人を呼んで心中の寂しさを訴え、ぜひ死出の旅路の同道を頼んだ。ところが、
「他のこととは違って、死の道連れだけは、お受けすることはできません」。
 すげない返事に、男は絶望のふちに突き落とされた。
 しかし、寂しさに耐えられぬ男は、恥を忍んで2番めの夫人に頼んでみた。
「あなたがあれほど、かわいがっていた方でさえ、イヤと仰ったじゃありませんか。私もまっぴらごめんでございます。あなたが私を求められたのは、あなたの勝手。私から頼んだのではありません」
 案の定、返事は冷たいものであった。
 男は、恐る恐る3番めの夫人にすがってみた。
「日頃のご恩は、決して忘れてはいませんから、村外れまで同道させていただきましょう。しかし、そのあとはどうか、堪忍してください」
と突き放されてしまった。

これは『雑阿含経』に説かれている有名なお話ですが、何を例えられているのでしょうか。
男というのは、我々人間のことです。1番めの夫人とは「肉体」、2番めの夫人は「お金や財産」、3番めの夫人は「父母・妻子・兄弟・朋友」などを例えられているのです。

どんなに幸せをつかんでも、いざ後生と踏み出すと、今まで命に代えて大事に愛し求めてきた一切のものから見放されてしまい、何一つあて力になるものがなかったことに驚き悲しむのです。

「なぜ生きる」の問いに答える仏教

蓮如上人は『御文章』に次のように教えられています。

まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ

(意訳)
病にかかれば妻子が介抱してくれよう。財産さえあれば、衣食住の心配は要らぬだろうと、日頃、あて力にしている妻子や財宝も、いざ死ぬ時には何一つ頼りにはならない。一切の装飾はぎ取られ、独り行く死出の旅路は丸裸、一体、どこへ行くのだろうか。

 
死の影が頭をよぎる時、それまでの喜び一切がむなしさを深め、一体何のために生きてきたのか、“なぜ生きる”の問いが眼前に突きつけられます。
やがて死ぬのになぜ生きる。どんなに苦しくても、なぜ生きねばならないのか。
古今東西すべての人が知りたいこの問いに、仏教を説かれたお釈迦さまは、それは死に直面しても崩れぬ「絶対の幸福」になることだとハッキリ教えられています。
そして「平生元気な今、誰もがなれる。だから、早くなりなさい」と勧められているのです。

寺院本来の役割の実践を

この「なぜ生きる」という問いの答えが仏教であり、それを伝えるのが僧侶の役目です。その教えを聞く場所として、人々が建立してきたのが寺なのですから、寺の本堂は、聞法に適した造りになっています。
しかし今日、その本堂で「なぜ生きる」は説かれているでしょうか?
ここにこそ、人々が寺から離れ、寺院が消えていく根本原因があるといえましょう。
 
では、仏教に説かれる「なぜ生きる」の答え、「絶対の幸福」とはいかなるものか。また、どうしたらなれるのか。
こちらで解説しています。

お釈迦さまが説かれた絶対の幸福|底抜けに明るい心の長者になれる

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あさだ よしあき

ブログ作成のお手伝いをしています「あさだよしあき」です。 東京大学在学中、稲盛和夫さんの本をきっかけに、仏教を学ぶようになりました。 20年以上学んできたことを、年間200回以上、仏教講座でわかりやすく伝えています。
 
   

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