親鸞聖人と山伏・弁円の仏縁1
鎌倉幕府は開かれたものの、天災による飢饉続きで、関東は大地も人心も傷つき荒れていました。
それにつけこんで、不幸や災難に苦しむ人々を、先祖の霊のたたりだ、キツネやタヌキがついているのだと脅す者。
天変地異は神の怒りだとうそぶく者など、あまたの迷信や占いがはびこっていたのです。
板敷山の弁円
その中、親鸞聖人まします稲田(茨城県)に程近い板敷山(いたじきやま)に、山伏・弁円(べんえん)率いる修験道(しゅげんどう)の一派が勢力を誇っていました。
弁円は厳しい修行の末、孔雀明王(くじゃくみょうおう)の威神力を体得したと言い、その力で加持祈祷(かじきとう)すればどんな病気も治る、どんな願いもかなう、これぞまことの仏教と公言し、山寺で護摩壇(ごまだん)に火をたき、火中に供物を投じて祈願していたのです。
商売繁盛・家内安全・病気平癒を願って祈祷する人は、科学の発達した今日でも世に満ちています。
「不幸のほとんどは、金でかたづけられる」と作家・菊池寛が言ったように、お金さえあれば、衣・食・住もよくなるし、病気も治療できる、家は安泰、願い事も何でもかなう。何と言っても幸せの元は〝金〟と思うのも無理からぬことでしょう。
そんな現世利益(この世の幸せ)が手に入ると聞いて、弁円の元に集まった村人が寺を満堂にしていたのです。
柿岡村の兵衛門
近隣の柿岡村(かきおかむら)に住む兵衛門(ひょうえもん)も、熱心な弁円の信者でした。
兵衛門「わしら村の者たちも大尊者様(弁円)のおかげで、家内安全、商売繁盛して、喜んでおります。のお?」
信者「ああ、そのとおりじゃ。ありがたいことですわい」
弁円の弟子「そう言ってもらえれば、大尊者もお喜びじゃ」
弟子たちは弁円への称賛を我がことのように誇らしく聞いている。
弁円様は厳しい修行を遂げた方。だからその祈祷には凄い威力がある。
そんな思いが、弟子にも信者にもあったことでしょう。兵衛門は、村人にもこう言っています。
兵衛門「いいか、みんな。大尊者様からいつも聞いとるじゃろう。仏教の戒律を守り、修行を積んだ偉い人に、祈祷してもらわにゃあだめだぞ」
凡人のできぬ厳しい修行をした人は神秘的な力を備えているから、祈祷してもらえば幸せになれるのだと、今でも思っている人はいると思います。
ところが、しばらくしてその兵衛門が、親鸞聖人の法話に誘われ出掛けていったのです。
親鸞聖人「いいですか皆さん。考えてみてください。もし皆さんがお金もあり、子宝にも恵まれ、健康に暮らせたとしても、それで本当に、安心できますか」
参詣者A「そうなれば、安心できると思うが……」
参詣者B「しかしなぁ。金持ちになったら盗まれやせんかと、また心配じゃな」
親鸞聖人「たとえ、どんなにお金が儲かっても、死んで持っていけるわけじゃない。病気が治っても、一時の安心ではありませんか。死なんようになったわけじゃない。少し死ぬのが延びただけ。やがては死なねばなりません」
参詣者A「そんなこと考えんようにするしかないわ」
親鸞聖人「こんな一大事が、外にあるでしょうか。考えないで済むことではありません。これを後生の一大事(ごしょうのいちだいじ)といいます。この一大事の解決こそが、仏法の目的なのです。なぜ苦しくとも生きねばならぬのか。この、一大事の解決のためです!」
現世利益(げんせりやく)をどれだけ手に入れても、必ず全てと引き裂かれ独り行かねばならない後生を知らされた兵衛門は驚き、ガラリと変わってしまったのでした。
兵衛門「こんな話、聞き初めだ。今日からわしは親鸞さまのお話、聞かせてもらうぞ」
(続き)
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