親鸞聖人のご生涯
今日もなお多くの方からの尊敬を集めていますね。
両親との死別、肉食妻帯、権力者の弾圧、越後へ流刑、長子の勘当……。
親鸞聖人90年のご一生は、「たくましき親鸞」と多くの人を魅了しています。
親鸞聖人の目覚ましいご活躍の源はなんであったのか。
波乱万丈のご一代をたどります。
【親鸞聖人 略年表】 承安三年 京都・日野にご生誕 4歳 父君との別れ 8歳 母君と死別される 9歳 出家得度 比叡山の天台僧となられる 19歳 聖徳太子廟に参籠 夢告を受けられる 26歳 赤山明神で…続きを読む
浄土真宗を開かれた親鸞聖人は、今から約800年前、京都にお生まれになりました。 お父さまは藤原有範(ありのり)、お母さまは吉光御前(きっこうごぜん)と言われ、貴族藤原家の生まれです。幼名は松若丸といい…続きを読む
幼くして両親と死別なされた親鸞聖人は、 「次は私が死んでゆく番、死ねばどうなるのだろう」 と、迫りくる後生の救いを求めて比叡山・天台宗の門をたたかれました。 訪ね来た9歳の親鸞聖人に、比叡山の座主(ざ…続きを読む
両親の無常に驚き、9歳で出家された親鸞聖人は、26歳になっても、後生暗い心の解決はつきませんでした。 「私は、道を間違えているのでは」と、師匠の慈鎮和尚(じちんかしょう)に苦悩を明かすと「仏道を求める…続きを読む
求道に行き詰まられた親鸞聖人が、京都の慈鎮和尚(じちんかしょう)に悩みを相談なされたその帰り、赤山禅院(赤山明神)の前で一人の女性に呼び止められました。 9歳から比叡山に籠もり修行されていた親鸞聖人を…続きを読む
仏道を求めて、親鸞聖人は世俗を離れた静寂な山へ入られましたが、時は末世、にわか坊主となった平家の落ち武者たちが、夜な夜な京の町へ遊びに出かけ修行の邪魔をする。 人間の目はごまかせても仏の目はごまかせな…続きを読む
親鸞聖人は後生の解決を求め9歳から比叡山で修行なされましたが、20年の歳月がたっても明かりがつかなかったのです。 ついに比叡山での20年の修行に終止符を打ち、真の知識(まことの仏教の先生)を求めて山を…続きを読む
まことの仏教の先生(善知識)を求めて親鸞聖人は、夢遊病者のように、京都の町をさまよわれました。 そんな親鸞聖人に声をかけられたのは、かつて比叡山でともに修行をしていた聖覚法印(せいかくほういん)でした…続きを読む
親鸞聖人は29歳の時、法然上人のお弟子となられました。 仏教の結論「一向専念無量寿仏」の布教に力を尽くし、繁盛する法然門下に対して、やがてそれを妬んだ仏教各宗や権力者からの弾圧が激しくなります。 念仏…続きを読む
親鸞聖人は29歳の時、阿弥陀仏に救い摂られ、法然上人の門弟となられました。 しかし当時、繁盛する法然上人を妬んだ仏教各宗や権力者から弾圧が加わり、念仏布教は禁止、教団は解散。法然上人、親鸞聖人は共に流…続きを読む
800年前、京都に生まれられた親鸞聖人は、35歳の時、無実の罪で越後(新潟)へ流刑となられました。 5年後に赦免された親鸞聖人は、京への旅の途中で恩師・法然上人ご逝去の報に触れ、帰京を断念、関東へ赴か…続きを読む
40歳を過ぎ、関東で布教をされていた親鸞聖人は、ある年の11月下旬に常陸(茨城県)東北部にご布教に出かけられました。 しかし雪が降って視界が悪くなり、日が暮れて道に迷われたところ一軒の民家を見つけます…続きを読む
仏法には「どう生きるか」が教えられていると思っていた日野左衛門は、親鸞聖人から 「『どう生きるか』も大事だが『なぜ生きるか』はもっと大事ではないでしょうか」 と言われ、ハッとします。 その「なぜ生きる…続きを読む
親鸞聖人からすべての人の無明の闇を破り、本当の幸せ(=絶対の幸福)にする阿弥陀如来の本願を聞いた日野左衛門。 しかもそれは、死んでからではなく生きているただ今のことであると聞き、驚きます。 しかし日野…続きを読む
親鸞聖人が稲田の草庵を中心に布教されていたころ、主著『教行信証』の草稿を完成されました。 親鸞聖人「お師匠様(法然上人)の書かれた『選択本願念仏集』のみ教えを、少しでも皆さんにお伝えした…続きを読む
鎌倉幕府は開かれたものの、天災による飢饉続きで、関東は大地も人心も傷つき荒れていました。 それにつけこんで、不幸や災難に苦しむ人々を、先祖の霊のたたりだ、キツネやタヌキがついているのだと脅す者。 天変…続きを読む
弁円は関東一円に名を知らしめる星でした。 ところが親鸞聖人が登場されると、昇る太陽に星が光を失うごとく、威光に陰りが出始めたのです。 弁円の動揺 初め弁円の弟子たちは、 〝親鸞は比叡山の修行がつらくて…続きを読む
親鸞聖人への嫉妬に狂った弁円は、聖人殺害を企てます。ところが、ご布教に赴かれる親鸞聖人を待ち伏せるも、全て失敗。 弟子たちが十数人、親鸞聖人の元に参じたと知るや、ついに弁円の怒りが爆発、剣をかざして親…続きを読む
親鸞聖人の繁栄を妬み、弟子を取られたと怒り心頭して、聖人を殺害せんと親鸞聖人のいらっしゃる稲田の草庵に剣をかざしておしかけた弁円でしたが、「よく参られた」と手を伸ばさんかのような、聖人の慈悲温厚の眼差…続きを読む