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親鸞聖人還暦過ぎ 関東の人々との別れ

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カテゴリー:親鸞聖人のご生涯 タグ:
 
関東の人々と別れられた「みかえりばし」

関東の人々と別れられた「みかえりばし」

およそ20年間、関東布教に力を尽くされた親鸞聖人が、止むに止まれぬ事情で突然帰京を決意なされたのは、還暦過ぎのことでした。

目次

  • 関東の人々との別れ

関東の人々との別れ

40歳頃から60歳頃まで関東でご布教された親鸞聖人は、京都にお帰りになることになりました。

交通も通信も未発達の当時、関東から十余カ国を隔てた京へ帰られることは、生涯の別れをも意味することでしょう。

親鸞聖人のご教導によって生死の一大事のあることを知り、その解決の道・阿弥陀仏の本願を真摯に求めた同朋たちの悲しみ、動揺は、ひととおりではありませんでした。

帰京される親鸞聖人も、関東の人々との別れを大変悲しまれ、こんなお歌を残されたと伝えられています。

病む子をば 残して帰る 旅の空 心はそこに 残りこそすれ

(意訳)
病める子を残し、体は旅の空にあるが、心はそなたたちの元に留まっているのだ

残される人々を「病む子」とは、なぜでしょう。

その病を蓮如上人は『御文章』に

「無始よりこのかたの無明業障の恐ろしき病

と言われています。

全ての人がかかっている病気なのだ、と教えられています。

まずここで「恐ろしい病」といわれるのはなぜでしょうか。

肉体の病で恐ろしいのは、静かに進行し、気づいた頃にはもう手遅れというガンのような病気です。
「無明業障」も自覚症状なき病なのです。一体どんなものでしょう。

「無明」とは、108の煩悩のこと。「煩わせ悩ませる」と書き、特に恐ろしいのが貪欲(とんよく)、瞋恚(しんに)、愚痴(ぐち)の三毒です。

貪欲は、無ければ欲しい、有ればなお欲しい、際限のない欲の心です。飲みたい、食べたい、金や財が欲しい、褒められたいとどこまでも駆り立てます。

欲が邪魔されると瞋恚、怒りが起きます。ひとたび腹が立てば、後は野となれ山となれ。一切を焼き尽くす炎のような心です。

愚痴は、宇宙の真理である因果の道理が分からず、他人の幸せを妬み、人の不幸を喜ぶ醜い心。ネタミ、ソネミ、ウラム、憎悪の心です。

これら煩悩で、常に悪業を造り、その報いが障り(苦しみ)となって現れるから「業障」といわれます。

そんな病を抱えた私たちの、一息切れた後生に一大事が待ち受けている、とお釈迦様は教導なさっています。

これを生死の一大事といい、その解決は阿弥陀仏の本願によらねばできない、と説かれているのです。

この弥陀の本願を求める人たちを「病む子」と言われているのです。

弥陀の本願力に動かされて集った人々をわが子のように案じられる、親心にも似た心情と、彼らを残して帰京せねばならぬ断腸の思いが、この歌に込められています。

「私は久しく関東にあって、弥陀の本願を伝えてきた。初めは非難していた者も、今は本願を信じ、浄土の教えは大変繁盛している。
どうか皆人よ、ともに弥陀の救いにあって本当の幸せの身になってもらいたい。そのこと一つを念じている」

法友とのつらい別れを乗り越え帰京なさる際に、親鸞聖人はもう一首、歌を残されました。

恋しくば 南無阿弥陀仏を 称うべし 我も六字の 中にこそ住め

(意訳)
親鸞を恋しく思うなら、一時も早く弥陀に救われ、本当の幸せになり、お礼の念仏称える身になってもらいたい。私も南無阿弥陀仏に生かされている。だからいつもそばにいると思ってくれよ。

続き

親鸞聖人の長子・善鸞の邪義と日蓮の出現1

 
 
 
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