お釈迦様物語 あわれむ心のないものは恵まれない
夕食の支度をしながら女は、朝の夫婦ゲンカが忘れられないでいた。
夫は何かあると、すぐに彼女を罵倒する。今日も過って食器を壊したのを悪し様に言われたので、彼女はヤケを起こし、一日じゅう家事もせずに過ごした。
“このままだと、また主人にどなられる”
ようやく気づいて夕飯の準備にかかったのは、もう夕暮れ時。夫の帰りの遅かったのが、この日は幸いした。
扉の外で力ない声が聞こえたのは、その時だった。怪訝に思って覗いてみると、老いた乞食が済まなそうに立ちすくんでいる。“どうか食べ物を”と請う老人を弱者と見て取ると、女は急に態度を変え、無慈悲に突き放した。
「私の家には、夫婦の食べるものしか炊いていない」
「それでは、お茶を一杯、恵んでくださいませんか」
「乞食が、お茶などもったいない。水で上等だ」
端から何も与える気のない女は冷酷に言う。老人はなおも懇願する。
「それでは私は動けないので、水を一杯、くんでくださいませんか」
女はますますいらだち、乱暴に言い捨てた。
「乞食の分際で、他人を使うとは何事だ。前の川に水はいくらでも流れているから自分で飲め」
その時、目の前の老人が忽然と姿を変えた。
「何と無慈悲な人だろう。一飯を恵んでくれたら、この鉄鉢に金を一杯あげるはずだった。お茶を恵んでくれたら、銀を一杯あげるはずだった。水をくんでくれる親切があったら、錫を一杯あげるつもりであったが、何の親切心もない。それでは幸福は報うてはきませんよ」
仏陀・お釈迦様であった。
「ああ、あなたはお釈迦様でしたか。差し上げます、差し上げます」
女は言ったが、お釈迦様は、
「いやいや、利益を目当てにする施しには、毒がまじっているから頂かない」
とおっしゃって帰られた。
妻が玄関先に立ち尽くしているのを見て、帰宅した夫は訳を尋ねた。一部始終を聞き終えると、男は強くののしった。
「おまえはバカなやつだ。なぜ一杯のご飯をやらなかったのだ。金が一杯もらえたのに」
「それが分かっていれば、十杯でもやりますよ」
不満げな女房の一言。“なぜ妻はいつもこうなのか”といぶかりつつも、夫の関心は金に移っていた。
「よし、それなら、オレが金と替えてもらおう」
食事を盛った鉢を手に、男はお釈迦様の後を追って走りだした。
どれぐらい走っただろう。へとへとになったところで、道が左右に分かれている。ちょうど、道端にうずくまっている乞食を見つけて、尋ねた。
「乞食、ここをお釈迦様が、お通りにならなかったか」
「ちっとも知りませんが……。ところで、私は空腹で動けません。何か食べ物を恵んでくださいませんか」
「オレは、おまえに恵みに来たのではない。金を得るために来たのだ」
冷たく言い放った時、再びお釈迦様が現れ、静かに仰せられた。
「妻も妻なら夫も夫、哀れむ心のない者は恵まれないのだ」
「あなたがお釈迦様でしたか。あなたに差し上げるために来たのです」
臆面もなく一飯を差し出した男に、
「いいえ、名誉や利益のための施しには、毒がまじっているから頂くまい」
厳然とおっしゃって、お釈迦様は立ち去られたのである。
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