極悪人でも救われるのか試した男の物語|今昔物語に説かれる悪人正機
今昔物語集という平安時代末期に成立した説話集の中に、悪事の限りを尽くした男が救いを求める物語があります。
「讃岐国多度郡五位聞法即出家語」という名前の物語で、この物語を沖縄県出身でカナダ在住の漫画家・瀬川環(たまき)さんが漫画にしたものがツイッターに上がり、話題になりました。
実際の漫画はこちらから読むことができます。
この中で阿弥陀仏はどんな極悪人でも救うと言われていますが、本当に仏教にそのような教えがあるのでしょうか。
物語のあらすじ
「讃岐国多度郡五位聞法即出家語」のあらすじはこの通りです。
源氏の流れを汲む五位の太夫という男がいました。
この男は殺生を生業にしており、非常に乱暴な性格をしていました。獣を狩り、魚を捕るだけでなく、毎日のように人の首を切り、手足を折って過ごしていました。
あるときいつものように一仕事を終えた帰り道、五位の太夫は講師が説法をしているお堂を見つけました。
「今まで説法は聞いたことがない。一つ聞いてやろうか」と思った五位の太夫はお堂に入っていき「おまえはどんな話をするのだ。納得できない話をしてみろ。もしできなければおまえは残念なことになるぞ」と言いました。
五位の太夫を知っている人は恐れおののき、講師も恐ろしく思いましたが「ここから西方に阿弥陀仏という仏様がいらっしゃいます。阿弥陀仏は慈悲深く、罪を重ねた人でも『阿弥陀仏』と称えれば必ず救われます」と阿弥陀仏の救いについて話しました。
五位の太夫は「その仏が人を哀れに思うのならば、俺のことも憎まないのか?」と尋ねました。
講師は「その通りです」と答えました。
五位の太夫は「それなら、自分もその仏の名を称えれば応えてくれるのか?」と重ねて聞きました。
講師は「本心から称えれば、どうして応えてくださらないことがありましょうか」と答えました。
これを聞いた五位の太夫は即座に出家を決め、頭を丸め、袈裟をかけ、金鼓を首からぶら下げて「阿弥陀仏や、おーい、おーい」と声を張り上げながら西に向かって進み始めました。
こうして五位の太夫は山川をものともせず、ただひたすら西に向かって進み続けました。
ある日の日暮れに一つの寺にたどり着きました。
そこでその寺の住職に「私は決心をしてから西に向かって進み続けている。これから七日後に私がいるところに訪ねてきてくれ。草を結びながら行くからそれを目印にしてくれ。あと食べ物を少し分けてほしい」と頼みました。
七日後、寺の住職が五位の太夫の後を追うと、海がよく見えるところに立った二股の木の股の部分に腰を下ろしていました。
寺の住職に気付いた五位の太夫は喜び、「さらに西に行くために海へ入ろうとしたが阿弥陀仏のお応えを頂いたからここで阿弥陀仏を及び申し上げているのだ」と言いました。
住職は「なんとお応えになったのですか」と聞くと、五位の太夫は「お呼びするから聞きなされ」と言い、「阿弥陀仏や、おーい、おーい。どこにいらっしゃいますか」と叫ぶと海のほうから「ここにいる」とお応えがありました。
住職は感動のあまり涙を流していると五位の太夫は「あなたはすぐに帰って、七日後にもう一度ここに来て、私がどうなっているか見届けてほしい」と伝えました。
七日後に住職が再び五位の太夫の元を訪れると、五位の太夫は以前と同じように木に座りながら死んでいました。
五位の太夫の口からは一本の蓮華が生えていました。
住職は埋葬しようと思いましたが、このような方は鳥獣に食べられることを望んでいたのかもしれないと思い、蓮華だけを摘んでそのままにして帰りました。
このような話です。
瀬川環(たまき)さんがツイッターに上げた漫画を読んだ人は「深い」「涙が出た」「今昔物語にこんな話があるとは」などの感想を述べています。
阿弥陀仏の救いとは
阿弥陀仏という仏様の名前を聞いたことがない方は、こちらの記事をご覧ください。
阿弥陀仏という仏様は、本当に「どんな極悪人も救う」のでしょうか。
ここで、鎌倉時代に活躍された親鸞聖人は
一生造悪値弘誓 一生悪を造れども、弘誓に値いぬれば
至安養界証妙果 安養界に至りて、妙果を証せしむ
(正信偈)
「すべての人は一生悪を造り続ける極悪人ではあるが、阿弥陀仏の救いにあえば、来世は必ず阿弥陀仏の浄土へ往って、弥陀と同じ仏のさとりを開かせていただくことができるのだよ」
と教えられています。
また室町時代に活躍された蓮如上人は阿弥陀仏の救いについて
然れば、ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、今の如きの諸仏に捨てられたる末代不善の凡夫・五障三従の女人をば弥陀にかぎりて、「われひとり助けん」という超世の大願を発して
「大宇宙のすべての仏に捨てられた者なら、なおさら捨てておけぬと、ただ一人立ち上がってくだされたのが本師本仏の阿弥陀仏なのだ。弥陀だけが“決して見捨てはしないぞ、必ず助ける”と、世を超えた、大慈悲の願いを起こしてくだされたのだよ」
と教えてくだされています。
このことは、お釈迦さまが『大無量寿経』というお経に説かれています。
その弥陀の誓願の原文は漢字三十六文字ですが、今日の分かりやすい言葉に直しますと、
「どんな人も 必ず救う 絶対の幸福に」
というお約束です。
ですから今までどれだけ罪を重ねた人でも、阿弥陀仏の救いの対象から外れることなく、誰でも阿弥陀仏の救いにあうことができるのです。
この漫画を読んだ人の中に「これは歎異抄の『悪人正機』のことじゃないか」と言っている人がいました。
阿弥陀仏の救いのことを歎異抄という古典には「善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや」と言われています。
「善人でさえ助かるのだから、悪人ならなおさらだ」とはどういうことか、こちらの記事で解説しています。
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