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平家物語 諸行無常から考える私にとって本当に大切なこととは

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カテゴリー:基礎から学ぶ仏教 タグ:
 
諸行無常

沙羅双樹

平家物語の冒頭。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」は仏教思想から出た言葉です。

栄華を誇った平家とその衰亡は、読む者にこの世の儚さを感じさせます。
この平家物語はただの歴史フィクションとして読むよりも、仏教を知って読むほうがもっと深く味わえるようになります。

今回は平家物語に流れる無常観について解説します。

目次

  • 平家物語の冒頭
  • 平家物語のテーマは「無常観」
  • 親鸞聖人は幼くして両親と死別されている
  • 無常を観ずると幸せになれる??
  • 「一期一会」の考え方
  • 本当に大切なこととは
  • まとめ

平家物語の冒頭

平家物語の冒頭は、学校で覚えた人も多いと思います。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

諸行無常とは、諸行とはすべてもの、無常とは続かないということですから、すべてのものは続かないという意味です。

平家物語では、平清盛一代で天下をとった平家があっという間に滅びていく姿から、平家一門だけではなく、すべてのものは無常なんだと訴えられています。

平家物語のテーマは「無常観」

平家物語は「無常観」が強く打ち出されています。

無常観は「ああ無常だなあ」と無常を感じる無常感とは違います。

無常観とは、無常の現実を明らかに観ていきなさいよということです。

西洋でも「メメント・モリ」ということわざがあります。
メメント・モリとはラテン語で、英語に翻訳すると「メモリー モータル」。

直訳すると、「死を忘れるな」という意味です。これも「無常観」といえます。

鎌倉時代には平家物語だけでなく、「徒然草」「方丈記」など、「無常観」の強い本がたくさん書かれているようです。

実は仏教も「無常観」が強いです。
諸行無常は、もともと仏教の言葉です。
平家物語と仏教は「無常観」で共通しています。

「無常観」を教えた仏教を知ると、平家物語がもっと深く味わえるようになるのは、その為です。
実際、平家物語を最後まで読みますと、仏教の話が出てきます。

親鸞聖人は幼くして両親と死別されている

平家物語と同じ鎌倉時代に生を受けた親鸞聖人は、4歳の時にお父さん、8歳の時にお母さんを亡くされ、幼くして無常の現実を見せつけられました。
9歳の時、仏門に入る際にこのような歌を詠まれています。

明日ありと 思う心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは

親鸞聖人は咲き誇った桜がやがて散っていくことを通して、世の中の無常、また自分もやがて死んでいかねばならないことを見ていかれました。

無常を観ずると幸せになれる??

仏教では、

無常を観ずるは菩提心の一なり。

という有名な言葉があります。

菩提心とは、本当の幸せになりたいという心です。
無常を観ずる、見ることは、本当の幸せになる第一歩であるということです

どうして無常を見つめることが本当の幸せになる第一歩になるのか。
それどころか、無常を見つめることは、悲しいことではないか、考えない方が幸せになれるのではないかとさえ思います。

「一期一会」の考え方

仏教を語源とする四字熟語に「一期一会」があります。

一期一会とは、一期とは一生、一生に一度の出会い。
一生に一度の出会いだから、この出会いを大切にしましょうということです。

また会える、ずっといると思うと、嫌なところが見えてきて、心が苦しくなることもあるかもしれません。
今日が最後かもしれないと思えば、我慢できないことも我慢できる、今日だけならば、優しい言葉もかけられるようになります。

私たちは、ついつい、今の状態がいつまでも続くと思いがちです。

嫌なことがあると、それがずっと続くように思ってしまうと、心が一層、苦しくなります。
無常を観ずることで、いつまでも続くのではないんだよと心の向きを変えてくれます。そして、それまで当たり前と思っていたものが、決して当たり前ではないと知らされ、不満の心から感謝の心に変わることがあるのです。

いつまでも続くと思っていたのが、いつまでも続かないと心が変わることによって、世界の見え方が変わってきます。

「無常を観ずるは菩提心の一なり」の更なる深い味わい

これだけでも、幸せの気づきを与えてくれるのですが、「無常を観ずるは菩提心の一なり」は、さらに深い意味があります。

テストも仕事も締め切りがあると、締め切りまでの時間を大切にしようと思います。

無常を観ずると、人生が限られていることに気づきます。すると、限られた人生を大切にしようという心が起きるのです。

限られた人生を大切にしようと思うと、
自分の人生にとって、本当に大切なことは何か、考えるようになります。

本当に大切なこととは

「人間は考える葦である」で有名なフランスの哲学者パスカルは

あと一週間の命なら、何をするか。それを一生かけてやりなさい

と言っています。

あと一週間の命だったら何をするでしょうか。毎日やっていることの大半のことは、やらないかもしれません。

あと一週間しか命がないから本当にやりたいことをやりたい、仮に旅行なら本当に行きたいところへ行きたい、仮に誰かと会うなら本当に会いたい人に会いたい、と思います。

では、本当にやりたいことは何かこれ一つやったらいつ死んでも悔いなしといえるものは何か本当に大切なことは何か何が本当の幸せなのか。

無常を観ずるは菩提心の一なり

無常を観ずることで、私が本当にやりたいことは何か、本当の幸せとは何か、考えるチャンスが訪れます。だから、無常を観ずることは、本当の幸せを考え、本当の幸せになる第一歩なのです。

まとめ

平家物語には無常観が説かれ、勢いがあるものもやがて必ず滅びることが平家を通して見て取れます。

無常なのは平家だけでなく私たちも同じです。

大事にしているものも、大事な人も、自分の命もすべては無常であり、いずれ必ず無くなります。

必ず死んでいかねばならないこの命、何に使うのが正しいのか。
無常を見つめることで人生で本当にすべきことが見えてきます。

平家物語を学ぶことにより、その第一歩が始まる方もあるかもしれません。

仏教では、本当の幸せとは何か、教えられていますので、平家物語と一緒に少し学んでみてはどうでしょうか。

 

→ お釈迦さまの「天上天下唯我独尊」の本当の意味 仏教ではどんな意味?

 

 
 
 
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