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9歳で得度(出家)した親鸞聖人|出家の目的とは何か

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カテゴリー:基礎から学ぶ仏教 タグ: 更新日:2021/08/23
 


先日、東本願寺で夏休み中の子どもが「得度式」を受けた、とニュースになっていました。
 
夏休み、子ども僧侶がデビュー 京都・東本願寺で得度式
 
この「得度式」は満9歳から参加でき、参加者113人中9~12歳は86人とのことですが、記事の写真を見ると頭を剃った小さな男の子が儀式を受けていて、かわいいと思う反面、親鸞聖人もこのぐらいの頃に得度されたのかと思います。
 
得度式が9歳から、というのは親鸞聖人が9歳で得度(出家)をし、比叡山の僧侶となられたところから来ています。
なぜ親鸞聖人は9歳という若さで出家されたのでしょうか。

9歳で出家されたわけ

今から約840年前、親鸞聖人は京都にお生まれになりました。
お父さまは藤原有範(ふじわらありのり)、お母さまは吉光御前(きっこうごぜん)といわれ、ご両親の愛情の元、健やかに成長されましたが、4歳で父君と、8歳で母君と死別されました。
そのとき親鸞聖人は「父も死に、母も亡くなった。今度死ぬのは自分の番だ。死ねばどうなるのだろう」と一息切れた後はどうなるかわからない、真っ暗な後生に驚かれた聖人は、当時日本の仏教の中心地であった天台宗・比叡山に9歳で出家します。
出家される前に、天台宗の座主・慈鎮和尚から「得度の式(僧侶となるための儀式)は明日にしよう」と言われたとき詠まれたのがこちらの歌です。
 
明日ありと
思う心の仇桜
夜半に嵐の
吹かぬものかは
 

出家の目的

私たちは皆、「明日がある」と思っています。
だからこそ、明日はこうしよう、明後日はあれをしよう、来年は留学しよう、などと計画を立てているのです。
 
さらに、20年後はこうして、30年後はああなって、と夢を描いている、これが「明日ありと思う心」です。
ところが、今晩死ねば今晩から後生、「明日はなかった」ことになる。「明日ありと思う心」は、必ず裏切られるのです。
今日も、交通事故や災害、病気で亡くなる人が、どれだけあるか分かりません。
年齢は関係ないのです。遅くとも百年のうちには、「明日がない」という「今日」を迎えねばなりません。
 
それがいつかは分かりませんが、早ければ今晩かもしれない。ということは、「明日がある」と思う心は、まったく当てになりません。
これを聖人は「あだ桜」といわれ、
“咲き誇る満開の桜も、夜中に一陣の嵐で散ってしまう、その桜よりも儚いのが私の命。明日とは言っておれません、どうか今、出家させてください”
と、切迫した心境を歌われているのです。
 
親鸞聖人が仏道を求められた目的は、富や名声を得ることでもなければ、学問や地位のためでもない、死んだらどうなるかわからない心「後生暗い心」の解決一つでした。
わずか9つの子どもの激しい無常観に、慈鎮和尚も感銘し、すぐに儀式を執り行ったといいます。
 
その後親鸞聖人はどのように「後生暗い心」を解決されたのでしょうか。
こちらの記事でその後の親鸞聖人について紹介しています。

親鸞聖人・比叡山での難行── 煩悩との闘い

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あさだ よしあき

ブログ作成のお手伝いをしています「あさだよしあき」です。 東京大学在学中、稲盛和夫さんの本をきっかけに、仏教を学ぶようになりました。 20年以上学んできたことを、年間200回以上、仏教講座でわかりやすく伝えています。
 
   

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