不安な時代だからみんな「守られたい」|欲しいのは大安心の幸せ!(前)
誰かに守られたい──。
不安の多い時代、私たちに共通の願いかもしれません。
どうすれば、今を安心して生きられるのか。
日々の営みはそのための努力といえましょう。
中には手っ取り早く安心が欲しくて、占いやお守りにすがる人もありますが、
でも、それで本当に不安はなくなるでしょうか。
一体、私たちは何を不安に感じ、恐れているのか。
それはどうしたら解決できるのか。
親鸞聖人の教えを聞いてみましょう。
まずは結婚を間近に控え、とある「相談所」を訪れた咲子さんの悩みから──。
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四角く仕切られた面談室で、咲子は女性相談員・エリカと向き合っている。
「実は、お守りが増えすぎて困ってるんです。彼の家には置きにくいし。有効期限は一年みたいなんですが、古いものは、どうしたらよいでしょうか」
咲子は持参した札を取り出して、テーブルの上に並べた。
「随分、ありますね」
「いろいろうまくいかなくて、有名神社やインターネットで集めたんです。札によって効きめが違うみたいだったから。それがいつの間にか、こんなに増えて」
決まり悪そうに咲子が答える。
「分かりました。全部、処分しましょう」
「えっ!」
あっさり言うエリカに、咲子は驚きの声をあげた。
「すっきりして彼の家に行きたいでしょ」
「は、はい、それは。でも……」
「ないと不安?それとも罰でも当たるんじゃないかと?」
「はい、両方」
「心配要らないわ。みんな神サマに私たちを幸福や不幸にする力があると思って頭を下げてるけど、ほんとは逆だから」
「へっ?」
咲子は、ハトが豆鉄砲でも食ったかのように、目をパチクリさせた。
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誰もが「安心」を求めている
不安の多い時代、何かに守られたいと、みんな願っているのではないでしょうか。
ブリザードが吹き荒れる社会に身をさらすより、巣籠もりして夫に守られたいとは、ある独身女性のつぶやき。
孤独死をなくそうと、地域ぐるみで対策に乗り出す所もあれば、企業も知恵を絞っています。
例えば「見守り電気ポット」。お湯を使うと無線通信で遠方の家族に知らせ、無事が確認できる仕組みといいます。
アメリカのペンダント式通報装置は、本人が倒れた時、自動的に救援を呼ぶスグレモノ。身に着ければ安心感がありそうです。
守ってくれる人やモノが多いほど、私たちは安心して生きられるでしょう。
でも、守ってくれると思っていた相手に裏切られたらショックですよね。
こんな話があります。
ある野生動物王国の番組を見ていた奥さんが夫に尋ねた。
「ねえ、もし私がライオンに襲われたら、ちゃんと助けてくれる?」
生真面目な夫は「うーん。その時になってみないと分からないな」と答えた。
翌日、奥さんは荷物をまとめて家を出ていったそうです。
3・11のあと、結婚を急ぐカップルが増えましたが、同時に離婚も増えた。
絆が強調される中で、えっなぜ?と思いますが、守ってくれそうな相手と一緒になり、守ってくれそうにない相手とはサヨナラしたのでしょう。
皆、欲しいのは安心、しかも裏切られる心配のない大安心なのです。
そこで、私たちが普段、守ってくれると信じているものは、本当頼りになるのか、少し考えてみましょう。
やはりいちばん頼りになるのは、お金でしょうか。
今日「マネー信仰」といわれ、多くの人は自分を守ってくれるものはお金だと考えています。
確かに、お金があれば好きなものが買え、まさかの時に備えることもできる。
また保険に入っておけば、事故や災害時の経済的負担から守ってくれる。
あと家族の支えも大きいでしょう。
しかし、昨日まで元気だった命が突然、絶たれることがあります。
妻のおかげで夫は安心して働ける。
親のおかげで子供は安心して学校へ行ける。
病気になれば看病してくれ、困った時は相談にのってくれる家族の存在は確かに大きな安心です。
私たちは日々、嫌というほどその現実を目の当たりにしています。
ある漁師の奥さんの、忘れられない言葉があります。
「前の日にどんな夫婦げんかをしても、翌朝は笑顔で『いってらっしゃい』と言うことにしてるんです。今日がこの世で会える最後になるかもしれないから……」
海に出るのは、それだけ危険だからでしょう。が、明日の命の保証がないのは、漁師さんだけでしょうか。
地震や津波に遭わずとも、横断歩道に、信号無視の車が突っ込んでくる。
「死の縁無量」、いつどんな縁で、私が無常の風に誘われるか分かりません。
その時、私を守ってくれるものはあるだろうか。
蓮如上人は、こう諭されています。
まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ(御文章)
「いよいよこの世の別れとなれば、これまで頼りにしていた妻子も財宝も、何ひとつあて力になるものはない。守ってはくれない。みんな自分から離れて、独りぼっちでこの世を去らねばならぬのだよ」
考えたくはないが、臭いものに蓋して、ごまかせる問題でもありません。
どんな幸福に恵まれても、どこか不安で、むなしいのはなぜか。
独生独死独去独来、人間はどこから来てどこへ行くのか、その根本が分からない。
人は皆、孤独で、行く先の分からぬ不安な旅路を生きているからだと仏教では教えられます。
この魂の不安は政治、経済、科学、医学ではどうすることもできません。
趣味や娯楽、占いやお守りでなくせるものでもありません。
この心の根本解決を教えるのが、仏教の役割なのです。
大宇宙のあらゆる仏の師匠(本師本仏)である阿弥陀仏は、私たちの後生(死後)不安な魂を、現在ただ今、「いつ死んでも浄土往生間違いなし」という大安心の心に生まれさせてみせる、と誓われています。これを「阿弥陀仏の本願」といいます。弥陀の本願に救い摂られ、その大安心の幸せを、私たちに伝えてくだされた方が、親鸞聖人その人なのです。
後半に続きます。
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