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「有無同然」と苦しみの根源|仏教は「魂の根本治癒」を説く(前編)

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カテゴリー:1から分かる浄土真宗 タグ: 更新日:2024/04/02
 


二月十五日は、お釈迦さまが八十歳で入滅なさったご命日。
古来、仏さまが亡くなられたことを「涅槃の雲にお隠れになった」といい、この二月十五日は涅槃会という法会が開かれることで知られています。
お釈迦さまが、生涯説かれた仏教の目的は、漢字四字で、「抜苦与楽(苦を抜き、楽を与える)」といわれています。
ここで「抜」くといわれる「苦」とはいかなる苦しみか。
「与」えられる「楽」とはどんな幸せなのでしょう。
仏教は、私たちの人生を苦しみに染める根本の原因を抜き取り、本当の幸せを与える教えなのです。
今回はそれについてお聞きしましょう。

人はなぜ不安なのでしょう?

以前、新聞の人生案内に、四十代女性のこんな相談が掲載されたことがあります。
 
「数年前に離婚し、母と二人暮らし。幸せな人生とは何なのか考えています。母は高齢で、亡くなった父は、いずれ一人になる私を心配していました。年老いて、一人で生きる自分を想像すると不安に駆られます。婚活もしていますが、好きでもない相手との結婚は考えられません。それでも人生に後悔はしたくない。こんな私に活を入れてください」
 
作家の回答はこうでした。
 
「将来の不安は誰にもあります。不安のない人間がいたら珍しい。不安を克服して生きていくことが、幸せと考えればよろしいのです」
 
あらゆる不安を根本から克服できれば、私たちは真の安心を得て幸せになれるでしょう。
問題は、その不安の根本はどこにあるのか、ということです。
そこで、まず私たちが何を苦しみの原因と見ているか考えてみましょう。
 
親鸞聖人は私たちの人生を「難度海」とか「生死の苦海」と仰って、苦しみの海に例えられています。
その苦海の波間からは、しきりにこんな嘆きが聞こえてきます。
「金さえあれば」「子供が欲しい」「有名になりたい」「管理職になれればなあ」「家を持ちたい」「恋人が欲しい」などなど。
悩みを克服するために、私たちは自分に無いもの、不足しているものを手に入れようと「無から有へ」の努力を、日々続けています。
無いのは不幸、有れば幸せと思っているからでしょう。
それが本当に正しい努力ならば、金や物、名誉や地位などに恵まれる人生は、喜びに輝くに違いありません。

アリストテレス・オナシス

ギリシャの有名な実業家アリストテレス・オナシス(1906~1975)は、商才を生かして成功し、海運王とうたわれた。
彼は結婚さえもビジネスの手段とし、一度目は資産家の娘・アシーナと、後にケネディ大統領の未亡人・ジャクリーンと再婚している。
そんな結婚生活の一方で、オペラ歌手のマリア・カラスを長年、愛人とするなど、財力で思いのままの人生を生きた。
彼の死後、三歳の孫が相続した遺産の総額は一兆円ともいわれている。
最期の言葉はこうである。
「私の生涯は、黄金のじゅうたんを敷き詰めたトンネルの中を走ってきたようなものだ。トンネルの向こうには幸せがあると思い、出口を求めて走ったが、走れば走るほど、トンネルもまた長く延びていった。幸福とは遠くに見える出口の明かりなのだろう。だが黄金のトンネルからそこには、たどり着けないのかもしれない」
金や財、名誉や地位の無いのが苦悩の元凶ならば、オナシスの一生は大満足のはずですが、彼の言葉からは、そうは感じられません。

欲望の追求が幸せか?他に道があるのか?

江戸時代、京都の紀伊国屋亦右衛門は、商才に恵まれ、経済的成功に向かっていましたが、欲望のまま生きるのは、本当の幸福ではないと、人生半ばで気づきました。
 
亦右衛門は、大きな商家で働く若い頃から、才気豊かで利口だったので、大変かわいがられた。
ある時、主人が亦右衛門を呼んで言った。
「おまえは商才を持っている。金百両を与えるから、思う存分好きな商売をやって一千両にしたら帰ってこい」
喜んだ亦右衛門は、早速、商売に出掛けた。
初めから大商いをしては失敗するかもしれぬ。
確実に利益をあげていこうと、まず紙くずを買ってちり紙にすき直して売った。
三年間で三百両、五年間で千両の財産を作った。
「先年、頂きました百両で、千両の資本を作りました」
帰って挨拶すると主人は感心し、激励した。
「才能があると見込んではいたが、驚いた奴だ。今度はその千両で一万両、作ってみよ」
五、六年で彼は、千両を一万両にした。
主人が“今度は十万両に”と言ったので、三年後にそれも成し遂げた。
欲が深まってきた主人は、さらにそれで百万両を、と命じると、
「十万両を百万両にするのは、百両を一万両にするよりたやすいことですが、命あっての金であります。どれだけあっても金は、これで十分とは思えません。人間の欲には限りがない。限りなき欲の奴隷に、私はなりたくはありません」
亦右衛門は、キッパリ断って仏門に入っている。

有る者は〝金の鎖〟無い者は〝鉄の鎖〟で苦しんでいる

「無い」不安や苦しみを克服し、「有る」ようになっても、そのことでまた新たな悩みが生じる。経典にはお釈迦さまのこんなご教導があります。

「田なければ、また憂いて、田あらんことを欲し、
宅なければ、また憂いて、宅あらんことを欲す。
田あれば田を憂え、宅あれば宅を憂う。
牛馬・六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、また共にこれを憂う。
有無同じく然り」(大無量寿経)
*大無量寿経……釈迦の七千余巻のお経の中で、唯一真実の経

「田畑や家が無ければ、それらを求めて苦しみ、有れば、管理や維持のためにまた苦しむ。その他のものにしても、皆同じである」
 
金、財産、名誉、地位、家族、これらが無ければないことを苦しみ、有ればあることで苦しむ。有る者は“金の鎖”、無い者は“鉄の鎖”につながれているようなもので、材質が何であれ、縛られ、苦しんでいることに変わりはない。
 
「有無同然」と、これを言われるのは、不安や苦悩の根本原因を見誤っているからなのだ、とお釈迦さまは教示されているのです。
 
釈迦の説かれた『観無量寿経』をアニメーションにした『王舎城の悲劇』でも、お釈迦さまは、この有無同然の説法をされています。
 

映画「王舎城の悲劇」|予告編

物語の主人公は、釈迦在世中のインドで最強を誇ったマガダ国のビンバシャラ王とイダイケ夫人。
この王様夫妻は、世継ぎの無いことに悩んでいたが、後にようやく太子・アジャセが誕生すると、今度は彼の暴力によって苦しむようになる。
この家庭悲劇を縁として、二人は初めてお釈迦さまの法話を聴聞するのです。
 
 
人々よ。心の頭を垂れて、我が言葉を聞くがよい。人は苦を厭い、幸せを求めている。だが金を得ても、財を築いても、常に苦しみ、悩んでいる。王や貴族とて、皆同じである。
 
それはなぜか。苦しみの原因を正しく知らないからである。金や名誉で苦しみはなくならぬ。無ければないで苦しみ、有ればあるで苦しむ。有無同然である。毎日を不安に過ごしている。例えば、子供のない時は、ないことで苦しみ、子供を欲しがる。しかし、子供があればあったで、その子のために苦しむ。
 
この苦しみの原因はどこにあるのか。それは己の暗い心にある。熱病の者はどんな山海の珍味も味わえないように、心の暗い人はどんな幸福も味わえないのだ。心の闇を解決し、苦しみから脱するには、ただ仏法を聞くよりない。この法を求めよ。心の闇が破れ、真の幸福が獲られるまで。たとえ大宇宙が火の海原になろうとも……。
 
 
ここでお釈迦さまは、苦しみの原因を「己の暗い心」「心の闇」と仰っています。
これは仏教で「無明の闇」といわれている心で、これこそが苦しみの根元だと断定されています。
「無明の闇」とは、「死んだらどうなるか分からない、死後に暗い心」のこと。
なぜこの心が苦悩の根元なのでしょう。
 
次回に続きます。

「有無同然」と苦しみの根源|仏教は「魂の根本治癒」を説く(後編)

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あさだ よしあき

ブログ作成のお手伝いをしています「あさだよしあき」です。 東京大学在学中、稲盛和夫さんの本をきっかけに、仏教を学ぶようになりました。 20年以上学んできたことを、年間200回以上、仏教講座でわかりやすく伝えています。
 
   

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