親鸞聖人の教えを聞いて「光明の広海」に浮かぶ|ガラリ転じる笑顔いっぱいの1年に(後)
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来世を知る人が「智者」
その、今の心を暗くしている不安の根元とは何でしょう。
仏教ではそれを「後生暗い心」と教えられています。
「後生」とは、私たちの100パーセント確実な未来である死んだ後のこと。
「後世」「来世」ともいいますが、必ず来る未来である「死後」がどうなるかハッキリしない心を「後生暗い心」といい、これが人生の不安の根本であると教えられます。
そして、この「後生暗い心」を破って、後生明るくしてくださるのが、仏さまの光明のはたらきだと説かれているのです。
人生の真の智慧者とは、人生の行く先を見通す人。
仏の光明、智慧のはたらきによって、後世(来世)がハッキリした「後世を知る者」であると蓮如上人はこう仰っています。
八万の法蔵を知るというとも後世を知らざる人を愚者とす、たとい一文不知の尼入道なりというとも後世を知るを智者とすと言えり(御文章5帖目2通)
百科事典を丸暗記している物知りでも、後世(来世)を知らなければ愚者である。
字のタテヨコも分からない無学の人であっても、後世の明るい人を智者というのだ、と言われています。
仏教でいわれる「智者」と「愚者」
智者……「来世を知る人」後生がハッキリしている人
愚者……「後世を知らない人」死んだらどうなるか分からない人
どんなに多くのことを知っていて、世渡り上手であっても、自分の確実な未来に無知ならば、愚者と言われて当然でしょう。
卒業間近なのに、進路の決まっていない学生が、親や教員から「しっかりしろ」と叱咤されるのは、「早く行く先をハッキリさせよ」ということでしょう。
明日どうなるか分からなくても、万人に必ずやってくるのは後世(来世)です。
仏教でいう智者と愚者は、その確実な未来である「後世」を知るか、否かで決まるのです。
「大悲の願船」とは「阿弥陀仏の本願」
冒頭で示した、 「大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮かんだ」 のお言葉で親鸞聖人は、 「暗かった人生の海が、大悲の願船に乗せていただき、光明の広海に浮かんだぞ。こんな素晴らしい人生になれるのだから、あなたも早く乗りなさいよ」 と仰っています。
この「大悲の願船」とは、「阿弥陀仏の本願」のことです。
阿弥陀仏とは、大宇宙にまします仏さま方の「本師本仏」。
もっとも偉大な仏さまであり、地球上で仏教を説かれたお釈迦さまの先生です。
その阿弥陀仏(弥陀)が、「すべての人を必ず絶対の幸福にする」という素晴らしいお約束をなされている。
これを「弥陀の本願」といいます。
この弥陀の本願(お約束)のとおりに救われて、現在ただ今、絶対の幸福になったことを親鸞聖人は、「光明の広海に浮かんだ」と仰っているのです。
この絶対の幸福に生かされれば、阿弥陀仏の光明(智慧)によって真に明るい未来が開かれます。
そして、この世から明るく広大な海を、悠々と航海する人生になるのです。
この幸福になることが、すべての人の生まれてきた目的です。
〝人は皆、幸せになるために生まれてきた。そして、必ずなれる〞
それが親鸞聖人の教えです。
弥陀の本願についてはこちらで詳しく解説しています。
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