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お釈迦様物語

約2600年前に仏教を伝えられたお釈迦様には数々のエピソードがあります。
その中のいくつかをご紹介します。

長者の心を変えた孤児・サーヤの布施の心がけ
お釈迦様物語 長者の心を変えた孤児・サーヤの布施の心がけ

お釈迦様ご在世の時、孤児となった少女サーヤが、給孤独長者(ぎっこどくちょうじゃ)の屋敷に引き取られて働いていた。赤ん坊の世話と食器洗いが彼女の仕事である。 ある日、温かく抱き締めてくれる母がもうこの世にいないと思うと切なくなったサーヤは、道端に座り込み、大声で泣いてしまった。 そこを通りかかった僧侶が、父母を亡くした寂しさを訴えるサーヤに、“人は皆、独りぼっちである”というお釈迦様のお言葉を示して慰めた。 “じゃあ、どうすればその寂しい心がなくなるの?”と問うサーヤに、僧が「仏法を聞きなさい」と勧めると、彼女は大いに喜び、長者の許しを得てお釈迦様のご説法を聞くようになった。 ある日のこと。夕食を終えた給孤独長者が庭を散歩していると、サーヤが大きな桶を持ってやってきて、 「ほら、ご飯だよ。ゆっくりお上がり。ほらお茶だよ……」 と桶の水を草にかけ始めた。訳を聞くと、茶碗を洗った水を、草や虫たちに施していると言う。 「そうだったのか。だが“施す”などという難しい言葉を誰に教わったの?」 「はい、お釈迦様です。毎日、少しでも善いことをするように心がけなさい、悪いことをしてはいけませんよ、と教えていただきました。善の中でも、いちばん大切なのは『布施(ふせ)』だそうです。貧しい人や困っている人を助けるためにお金や物を施したり、お釈迦様の教えを多くの人に伝えるために努力したりすることをいいます。私は何も持っていませんから、ご飯粒のついたお茶碗をよく洗って、せめてその水を草や虫たちにやろうと思ったのです」 サーヤの話に、長者はこう言った。 「ふーん、サーヤは、そんなよいお話を聞いてきたのか。よろしい。お釈迦様のご説法がある日は、仕事をしなくてもいいから、朝から行って、よく聞いてきなさい」 幾日かたち、長者はサーヤが急に明るくなったことに気づいた。いつも楽しそうに働いているサーヤを呼び、再び話を聞いた。 サーヤは、「私のように、お金や財産が全くない人でも、思いやりの心さえあれば、七つの施しができると、お釈迦様は教えてくださいました。私にもできる布施があったと分かって、うれしくて」と言って、七つの施しの中にある「和顔悦色施(わげんえっしょくせ・明るい笑顔、優しいほほえみをたたえた笑顔で人に接すること)」を心がけ、一生懸命、優しい笑顔で接するように努力していると言った。 「ふーん。ニコニコしていることは、そんなにいいことなのかい」 「はい。暗く悲しそうな顔をすると、周りの人もつらくなるし、自分も惨めな気持ちになります。苦しくてもニッコリ笑うと、気持ちが和らいできます。周りの人の心も明るくなります。いつもニコニコしようと決心したら、親がいないことや、つらいと思っていたことが、だんだんつらくなくなってきました。泣きたい時もニッコリ笑ってみると、気持ちが落ち着いてくるんです」 聞いていた長者は胸が熱くなった。 「サーヤよ。そんなにいいお話、わしも聞きたくなった。お釈迦様の所へ連れていっておくれ」 長者が初めてお釈迦様のご説法に直接触れることになります。 *給孤独長者……古代インド、コーサラ国の長者。孤独な人々を哀れみ、よく衣食を給与したので「給孤独」と呼ばれた。「スダッタ」ともいう。

仏教に飲酒を禁じる不飲酒戒(ふおんじゅかい)ができた訳
お釈迦様物語 仏教に飲酒を禁じる不飲酒戒(ふおんじゅかい)ができた訳

ボルネオ島の人々の、猩々(オランウータン)を捕らえる、奇抜な方法があります。 アリックという、強烈な酒を愛飲する彼らは、数滴その酒を落とした水ガメを、猩々の巣の下に置く。間もなく猩々は、それを飲み干す。翌日から少しずつ、酒の量を増やしていく。 生まれつき、大酒飲みではないのですが、知らず知らずに猩々は、酒の味を覚え、好むようになっていくのです。 やがては生のアリックをも、ガブ飲みするようになります。さすがにその時は酔っ払い、石を投げたり木を折ったり、散々乱暴した揚げ句ゴロリ高鼾で寝てしまう。 そこを難なく、捕らえるという。飲んでいたつもりが、いつの間にかのまれている。そこに酒の怖さがあるのです。 お釈迦様ご在世のこと。インドの支提国に、獰猛な悪龍がいました。盛んに暴れ回って、村民を痛めつけ、牛馬を荒らし、残忍の限りを尽くす。村民や家畜はもとより、鳥までが恐れて、飛ばなくなったと評判でした。 お釈迦様に、莎伽陀(しゃがた)という弟子がいました。村人の難儀を救わんと、神通力を駆使して征服し、悪龍はついに、仏弟子にまでなったのです。国中に、莎伽陀の雷名がとどろいたのは言うまでもありません。 ところがある時、信者から酒を馳走になり、ついつい、莎伽陀は飲みすぎました。 夜更けの帰途で、道端に倒れ、汚物を吐くやら、苦しむやらで、大醜態をさらした。直ちに弟子たちを、一堂に集められたお釈迦様は、こう諭されています。 「皆の者、莎伽陀を見よ。彼は、かの悪龍を征服したほどの智者ではあるが、酒に征服されて、かくのごとき始末である。聖者ですら酒を飲んでは、かくのごとし。いわんや、凡人は厳に身を慎まねばならぬ。今後、酒を飲むことを禁ずる」 これが、仏教に、飲酒を禁じる不飲酒戒(ふおんじゅかい)が制定された動機であると伝えられています。 「酒は飲んでも飲まれるな」と言われます。酒で道を誤らぬように。

我は心田を耕す労働者なり 働くとは「はたをらくにする
お釈迦様物語 我は心田を耕す労働者なり 働くとは「はたをらくにする」

35歳の12月8日に、大宇宙最高のさとりを開かれたお釈迦様は、波羅奈国の鹿野苑で、仏として初めての説法(初転法輪)をなされた。その後、仏陀の教化によって数十人が出家した。その仏弟子たちにお釈迦様はこう説かれている。 「修行僧たちよ、我は無上の法をさとった。人々の真の幸福のために歩みを進めよう。教えを説け。行いを示せよ。我もまた、教えを説くために旅立つであろう」 仏弟子たちは各地へ散らばって仏の教えを伝え始めた。お釈迦様も、道俗、貴賎、貧富、賢愚、老少、男女の別なく、あらゆる人々に無上の尊法を説かれたのである。 ある日、お釈迦様はお弟子たちを連れて、托鉢に出掛けられた。食料などの布施を鉢に受け、広く大衆と仏縁を結ぶためである。 赴かれた土地では、男たちが牛を励まし、鋤や鍬で田畑を耕していた。いずれも今日の糧や、近い将来の豊かな生活を得るため、額に汗して、一心不乱に大地と格闘している。 そんな人々を目当てに、乞食に精を出されるお釈迦様とその弟子たちは、やがて大勢の農民が仕事を終え、食事を広げているのを認めた。鉄鉢を持って黙然と立たれたお釈迦様に仲間の頭らしい男が気づき、周囲に目くばせしながら、からかうように言った。 「よく、あなたたちは来なさるね。どうです、そんなに大勢の働き盛りの若者たちを連れて、ブラブラ乞食したり、訳の分からぬ説法などして歩かないで、自分で田畑を耕して、米や野菜を生産したらどうです。私らは難しいことは言わないが、自分で働いて、自分でちゃんと食っていますよ」 “ものを生産してこそ労働ではないか” 丁寧ではあったが彼の言葉には、人々の施しによって生きる修行者たちへの軽蔑と、肉体を酷使して働くことへの自負とが、ありありと見えていた。 男の言うことを静かに聞いておられたお釈迦様は、従容として、こう答えられた。 「我もまた、田畑を耕し、種をまき、実りを刈り取っている労働者である」 意外なお答えに、不審をあらわにして男は反問する。 「ではあなたは、どこに田畑を持ち、どこに牛を持ち、どこに種をまいていられるのか」 お釈迦様は、毅然として喝破なされた。 「我は忍辱という牛と、精進という鋤をもって、一切の人々の、心の田畑を耕し、真実の幸福になる種をまいている」 「財は一代の宝、法は末代の宝」といわれる。金や財産は楽しみを与えてくれても、この世だけのことである。だが、仏法は、未来永劫、我々を本当の幸福に生かし切ってくだされる。 その真実の宝を施す以上の、素晴らしい労働があるはずがない。お釈迦様は、「我は心田を耕す労働者なり」の大自覚を持って、最高の労働に身命を捧げられたのである。

お釈迦様と自殺志願の娘
お釈迦様物語 お釈迦様と自殺志願の娘

足が棒になって動かない。身重の体は、疲れで鈍く火照っている。 朝から当てもなくさまよって、この大きな橋にたどり着いた。日はもう中天にある。陽光にきらめく川面をぼんやり眺めながら、女はここ数日の出来事を思い出している。“もう、何もかもがイヤになったわ”。小さく一人ごちた。 その瞬間、つかえが外れたように膝を折って、彼女は辺りをはばかりながら、たもとへ石を入れはじめる。自殺の準備だった。 ややあって、背後から呼びかける声があった。 「……もし、そなた」 熱中していた彼女は、ハッと我に返り、顔を上げた。振り向くと、少し離れた所に、一目でそうと分かる尊い方のお姿がある。 涼やかな、慈愛あふれるまなざしが、すべてを了解したように向けられていた。たもとを隠し、恥じらいながら、彼女は立ち上がった。 名乗られたお名前には聞き覚えがある。最高のさとりを開いたお釈迦様が、各地で説法なされていると、世事に疎い彼女も聞いたことがあった。 “この方が……?あのお釈迦様……” わずかな光が心に兆す。慈悲深い尊容に安心感を覚えた彼女は、思わず知らず語りはじめた。 「お恥ずかしいことですが……、ある人を愛しましたが、今は捨てられてしまいました。世間の目はいよいよ冷たく、お腹の子の将来など考えますと、死んだほうがどんなにましだろうかと、ただ苦しむばかりです。どうかこのまま死なせてください……」 あとは言葉にならず、その場にしゃがみ込んだ。直後に響いたのは、威厳に満ちた仏陀の声だった。 「愚かなそなたには、例えをもって教えよう」 雷鳴に驚いた幼子のように、彼女は身を硬くして聞き入った。 「ある所に、毎日、重荷を積んだ車を、朝から晩まで引かねばならぬ牛がいたのだ。 つくづくその牛は思った。 “なぜオレは毎日、こんなに苦しまねばならぬのか、自分を苦しめているものは一体何なのか”と」 腹に手を当て、男を思い出す。責める心が胸の中で暴れていた。秘めた怒りや憎しみが膨れ上がり、自分でどうしようもなくなる。例え話は続く。 「“そうだ!この車さえなければオレは苦しまなくてもよいのだ” 牛は車を壊すことを決意した。 ある日、猛然と走って、車を大きな石に打ち当て、木っ端微塵に壊してしまったのだ。 ところが飼い主は、“こんな乱暴な牛には、頑丈な車でなければまた壊される”と、やがて鋼鉄製の車を造ってきた。 それは壊した車の何十倍、何百倍の重さであった。その車で重荷を、同じように、毎日、引かせられ、以前の何百倍、何千倍、苦しむようになった牛は、深く後悔したが後の祭りであった」 一言一言が心に刺さり、“この牛は私だ”と、身震いしながら彼女はお釈迦様を見る。優しいまなざしが向けられていた。 「牛がちょうど、車さえ壊せば苦しまなくてもよいと思ったのと同じように、そなたは肉体さえ壊せば楽になれると思っているのだろう。 そなたには分からないだろうが、死ねばもっと苦しい世界へ飛び込まなければならないのだ。その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも恐ろしい苦しみなのだよ」 “あぁ……、何と私は愚か者であったのか。お釈迦様にお会いしなければ、自ら苦しみの世界へ飛び込んでいたに違いない。危ないところであった” すべてを受け入れると、転嫁の苦しみが引いた。わが身の一大事を知った彼女は直ちに仏門に入り、救われたという。

あわれむ心のないものは恵まれない
お釈迦様物語 あわれむ心のないものは恵まれない

夕食の支度をしながら女は、朝の夫婦ゲンカが忘れられないでいた。 夫は何かあると、すぐに彼女を罵倒する。今日も過って食器を壊したのを悪し様に言われたので、彼女はヤケを起こし、一日じゅう家事もせずに過ごした。 “このままだと、また主人にどなられる” ようやく気づいて夕飯の準備にかかったのは、もう夕暮れ時。夫の帰りの遅かったのが、この日は幸いした。 扉の外で力ない声が聞こえたのは、その時だった。怪訝に思って覗いてみると、老いた乞食が済まなそうに立ちすくんでいる。“どうか食べ物を”と請う老人を弱者と見て取ると、女は急に態度を変え、無慈悲に突き放した。 「私の家には、夫婦の食べるものしか炊いていない」 「それでは、お茶を一杯、恵んでくださいませんか」 「乞食が、お茶などもったいない。水で上等だ」 端から何も与える気のない女は冷酷に言う。老人はなおも懇願する。 「それでは私は動けないので、水を一杯、くんでくださいませんか」 女はますますいらだち、乱暴に言い捨てた。 「乞食の分際で、他人を使うとは何事だ。前の川に水はいくらでも流れているから自分で飲め」 その時、目の前の老人が忽然と姿を変えた。 「何と無慈悲な人だろう。一飯を恵んでくれたら、この鉄鉢に金を一杯あげるはずだった。お茶を恵んでくれたら、銀を一杯あげるはずだった。水をくんでくれる親切があったら、錫を一杯あげるつもりであったが、何の親切心もない。それでは幸福は報うてはきませんよ」 仏陀・お釈迦様であった。 「ああ、あなたはお釈迦様でしたか。差し上げます、差し上げます」 女は言ったが、お釈迦様は、 「いやいや、利益を目当てにする施しには、毒がまじっているから頂かない」 とおっしゃって帰られた。 妻が玄関先に立ち尽くしているのを見て、帰宅した夫は訳を尋ねた。一部始終を聞き終えると、男は強くののしった。 「おまえはバカなやつだ。なぜ一杯のご飯をやらなかったのだ。金が一杯もらえたのに」 「それが分かっていれば、十杯でもやりますよ」 不満げな女房の一言。“なぜ妻はいつもこうなのか”といぶかりつつも、夫の関心は金に移っていた。 「よし、それなら、オレが金と替えてもらおう」 食事を盛った鉢を手に、男はお釈迦様の後を追って走りだした。 どれぐらい走っただろう。へとへとになったところで、道が左右に分かれている。ちょうど、道端にうずくまっている乞食を見つけて、尋ねた。 「乞食、ここをお釈迦様が、お通りにならなかったか」 「ちっとも知りませんが……。ところで、私は空腹で動けません。何か食べ物を恵んでくださいませんか」 「オレは、おまえに恵みに来たのではない。金を得るために来たのだ」 冷たく言い放った時、再びお釈迦様が現れ、静かに仰せられた。 「妻も妻なら夫も夫、哀れむ心のない者は恵まれないのだ」 「あなたがお釈迦様でしたか。あなたに差し上げるために来たのです」 臆面もなく一飯を差し出した男に、 「いいえ、名誉や利益のための施しには、毒がまじっているから頂くまい」。 厳然とおっしゃって、お釈迦様は立ち去られたのである。

命は足が速い はかない命で何をなすべきか
お釈迦様物語  命は足が速い
はかない命で何をなすべきか

背中から西日が照りつける。行く手に伸びる影を見つめながら、粗末な法衣の修行者は帰路を急いでいた。 手元の鉄鉢の穀物が、歩みに合わせてサラサラと鳴る。今日の乞食で受けることができた布施はわずかだが、一日、光に向かった心の晴れやかさが、彼の足取りを軽くしている。 その歩みの先に、所在なげに道行く一人の姿がある。どうやら同じ精舎(しょうじゃ)の法友と見て取れた。追いつこうと彼は、さらに歩を進める。見ると、修行を始めたばかりの新入りが、思いつめたように重い足取りで歩いている。 「もし、そなた。元気がないようだが、どこか体の具合でも?私も同じ精舎で修行する者。都合の悪いことがあれば何でも話しなされ」 驚いて振り向いたのは、まだ幼さを残す少年だった。一瞬、瞳の奥に不審の色をにじませたが、相手が先輩と知るや、遠慮がちにこう打ち明けた。 「生まれ落ちてより、家には不幸が続きました。父母が病気で亡くなり、兄弟たちも、まともに育ったのは私とすぐ上の兄だけです。兄は世をはかなんで出家となり、私も、そんな気はなかったのに、兄についていくしかありませんでした。しかし、毎日の修行の意味が分かりません。私は働いて金持ちになりたい。もう貧しいのはイヤなのです」 緩やかに足を運びながら、聞いていた修行者は、 「命の短く、脆いことを、仏陀がこのように教えてくだされたと、以前、聞いたことがある……」。 こう言い置いて次のように話し始めた。 ある弟子に、仏陀が話しかけられた。 「そなたもこのごろは、命の短く脆いことがうなずけてきたらしい」 合点して弟子は言う。 「本当にそうでございます。たちまち消え失せてしまいます」 「“たちまち”と言っても、感じようもいろいろだが……」 お釈迦様の一言に、“仏さまの感じられる命の短さとは、どれほどのものなのだろう?”と、弟子は疑問を起こした。 「世尊がお感じになっているそれは、どれぐらいの速さでございましょうか」 「そなたにはとても納得できまい」 そう聞いた弟子は聞きたい気持ちが抑えられなくなる。お釈迦様は続けられた。 「例えばここに、弓の名人が四人いるとする。そのうちの一人は東に、一人は南、一人は西へ、そしてもう一人は北を向き、それぞれの方向の彼方に的を定め、心を合わせて一度に矢を放つ。名人の放つ矢は目にも留まらぬ速さで飛ぶ。そこに足の速い男がいて、サッと走りだしたと見る間に、四人の弓師が放った矢を引っ捕らえてしまったとしよう。どうだ。この男の足は速いだろう?」 「それは速いです。とても速いです」 興奮ぎみに弟子は言った。やや間を置いて、お釈迦様は仰せられた。 「それよりも、もっと速いのが人間の命なのだ。命は実に足が速い」 紅潮した面持ちの年若い出家を、一瞥して修行者は言った。 「この短い命で財を成し、富を得て生きるのも大変だ。だが財宝を求める心は安心や満足を知らぬ。しかも死んでいく時には、米粒一つも持ってはいけないのだ。はかない命で何をなすべきか。この地上でそれを教えられる唯一のお方が仏陀・お釈迦様なのだよ」 うつむいていた少年は、やがてゆっくり顔を上げた。目には生気が満ちていた。修行者と歩調を合わせ、しっかりとした足取りで歩み始める。陽はもう、西に沈みかけていた。

まず毒矢を抜け 優先順位の大切さ
お釈迦様物語 まず毒矢を抜け優先順位の大切さ

その修行者がお釈迦様の元に来た時のことを、阿難はよく覚えている。 目を険しくいからせた男は、真摯に求道の指針を仰ぐ弟子たちとは雰囲気が違う。無為な議論のために来たことが、だれの目にも明らかだった。 こんなことは今までもよくあったが、お釈迦様はいつも同じ姿勢を貫かれる。かつて大樹の陰で瞑想なされていた時、近づいてきた男が、 「あなたは一切の智者だそうだが、後ろの木の、葉の数を知っておられるか」 と問うたことがある。静かにお釈迦様は言い放たれた。 「知りたければ、そなた、数えてみよ」 戯論(けろん)に応ずることも、また戯論である。本質と無関係な議論に、お釈迦様は一刻たりとも使われない。生死の大問題に向かう仏法者に、無駄な時はないからだ。 一方、相手の多くは腹を立て、悪口雑言を並べて去っていく。仏の威徳に打たれ、恭順する者もあるが、“彼はどうだろう”。阿難は冷静に見守った。 「世尊は私の知りたいことを少しも教えてくださいませんね。満足のいくお答えが頂けないなら、私は出家をやめたいと思っています」 入ってくるなり弟子は言った。知りたいこととは、「宇宙には果てがあるのか」「世界はいつまで続くのか」などの問いであった。“それを知るのがさとりへの第一歩だ”とばかりに、彼は胸を張る。 お釈迦様は彼に問うた。 「そのようなことを教えるから、我が元で修行せよと、そなたに約束しただろうか?」 “いえ、そうでは……”。修行者は小声であわてて否定する。 「もし仏がその問題について説かないうちに、そなたが命終えたらどうなる?」 仏陀の問いに、弟子の勢いは次第に萎えていく。続けてお釈迦様は、例えで修行者を諭された。 「遊歩中の男の足に毒矢が刺さった。一刻も早く抜かなければ命が危ない。友人たちは、『すぐに矢を抜き、治療しなければ』と勧めたが、男は、『いや待て。この矢はだれが射たのか。男か、女か。その者の名前は。何のために矢を射たのか。矢に塗られた毒はどんな毒か。それらが分かるまで、この矢を抜いてはならん』と言い張った。やがて全身に毒が回り、男は死んでしまったのだ」 阿難は修行者の様子を窺った。男の愚かしさが自己に引き当てられたのか、身じろぎもせずに、彼は聴き入っている。阿難はその仏縁をただ念じた。 お釈迦様のお言葉は続く。 「無常は迅速である。今、こうしている間にも、老いや病、そして死の苦しみが現実にあるではないか。われはこの苦悩の根本原因と、その解決の道を説いているのだ。人生の大事は何か。よくよく知らねばならない」 仏教の深遠さに触れ、己が誤りを知らされたものか、修行者の表情から、先ほどの怒気が消えていた。穏やかなその顔を見て、阿難もようやく安堵する。そして静かに長く、息を吐いた。

上達よりも大切なこと 「継続は力なり」
お釈迦様物語 上達よりも大切なこと 「継続は力なり」

「ごめんなさい。ごめんなさい」 修羅のような兄の剣幕に、ひざがガクガクして頭の中が真っ白になる。シュリハンドクは目をつぶり、手を合わせて必死にわびた。 「おまえがヘマをするせいで、オレの修行は一向に進まない。もういい加減にしろ。どうしておまえはそんなにばかなんだ。修行を続けるのは自由だが、もう一緒はごめん被る。出ていってくれ」 兄が言い終わると同時に、ピシャリと目の前で扉は閉じられた。ハンドクは、幼児のようにしゃくり上げている。頭がジンジンしびれてきて、しゃがんでなお泣き続けた。なぜ泣いているのかさえ、もう分からない。だが後から後から、目には涙があふれてきた。 ようやく泣きやんだ彼は、ひざに頭を乗せ、足の間から道の小石をぼんやり見つめている。だらりと垂れた鼻水をすする気力もなかった。 “名前も覚えられないばかだからヘマをやらかすんだ。兄さんのように利口に生まれていたら、どんなによかったろう” いつも思いはそこに行き着く。いけないと知りつつ、こんな身に生んだ親や優れた兄を恨む心が起きてきた。こんな自分に修行なんて無理じゃないか。そう思うのがつらかった。 その時、 「なぜ、そんなに悲しむのか」 と背後で声がした。聞き覚えのある声に振り返ると、お釈迦様だった。 驚いて立ち上がり、腕で顔をぬぐう。その手を法衣になすりつけ、あわてて合掌した。もつれる舌をどうにか動かし、訳を説明した。 「世尊、どうして私は、こんなばかに生まれたのでしょうか」 最後にこう言うと、また悔しさが込み上げてきて、さめざめとハンドクは泣いた。お釈迦様の声が、優しく耳に届く。 「悲しむ必要はない。おまえは自分の愚かさを知っている。世の中には賢いと思っている愚か者が多い。愚かさを知ることは、最もさとりに近いのだ」 よく分からないが、慰められていることだけは理解できた。同時にお釈迦様から、一本のほうきと、「ちりを払わん、あかを除かん」の聖語を授けられ、毎日、掃除をするよう勧められた。 “世尊の仰せられるとおりにしよう” 決意したハンドクは、 「ちりを払わん」 大きな声で唱えながらほうきを動かす。ところが、続く言葉が言えず、手がすぐに止まる。後ろでお釈迦様が、「あかを除かん」と言われると、ようやく、 「あかを除かん」 だがすでに、「ちりを払わん」を忘れている。手がまた止まる。 お釈迦様が再び、「ちりを払わん」をおっしゃる。こんな懇切な教導にも、わずか一言が身につかない。それでもハンドクは、やめようとだけは思わなかった。 倦まず、たゆまず、二十年間、彼は同じ努力を続けた。 「おまえは、何年掃除しても上達しないが、上達しないことに腐らず、よく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることは、もっと大事だ。これは他の弟子に見られぬ殊勝なことだ」 一度だけ、こうお釈迦様に褒められたことがある。 シュリハンドクはやがて、チリやほこりは、あると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものかと思っているところに、意外にあるものだということを知った。そして、「オレは愚かだと思っていたが、オレの気づかないところに、どれだけオレの愚かなところがあるか分かったものではない」 と驚いた。ついに彼に、阿羅漢のさとりが開けたのである。 よき師、よき法にあい、よく長期の努力精進に耐えた結実にほかならない。

仏弟子アナリツの誓い
お釈迦様物語 仏弟子アナリツの誓い

精舎(しょうじゃ)では善男善女が肩を並べ、真剣にお釈迦様の説法を聴聞(ちょうもん)していた。 瞬きさえ惜しむような張り詰めた空気の中で、仏弟子アナリツは不意に襲った睡魔と闘っている。不摂生をした覚えはないが不覚にも、彼はつい居眠りをしたのだ。 法話のあと、犯した過ちの大きさに震えながら、お釈迦様の御前にひざまずいて、うなだれた。 「何が目的で、仏道を求めているのか」 お釈迦様の問いにアナリツは、 「はい。生死の一大事の解決のためでございます」 「そなたは良家の出身ながら道心堅固、どうして、居眠りなどしたのか」 慈言が胸に響き、身の置き場もないような気持ちになる。悔悟の念を絞り出すように、アナリツは誓った。 「今後、目がただれようとも眠りはいたしません。どうか、お許しください」 その日から熱烈な修行を敢行した彼は、夜が更け、暁を見ても、決して眠ることはなかった。不眠は連日に及び、“あの誓いは聞法の場のみのこと”と思った周囲からは、驚きとともに忠言が多く寄せられた。夜も休まぬ決意とは、到底だれも思わなかったのだ。 やがて、不休の修行で目を患った彼に、お釈迦様は諭された。 「琴の糸のように張るべき時は張り、緩むべき時は緩めねばならぬ。精進も度が過ぎると後悔する。怠けると煩悩が起きる。中道を選ぶがよい」 侍医の、“もう少し、眠れば治る”の強い勧めにも、彼はお釈迦様との誓いを貫き徹し、ついに両眼を失明した。同時にしかし、深遠な心眼が開け、釈迦十大弟子の一人、アナリツ尊者となっている。 彼が目の光を失ってからのこと。衣のほころびを繕うため針に糸を通そうとするが、見えないのでかなわない。そこで周囲に呼びかけた。 「だれか、善を求めようと思う人はありませんか。この針に糸を通していただきたいのです」 しばし待つも、応じる人はない。あきらめかけた時、傍らに気配がした。 「ぜひ、私にさせてもらいたい」 声の主はお釈迦様だった。アナリツは驚いて、 「世尊は、すべての善と徳を成就なされた方ではありませんか」。 畏れて言うと、お釈迦様は、 「仏の覚りを開けばとて、小善をおろそかにしてよい道理がない。世の中で、善を求めること私にすぐる者はない」。 アナリツは、ありがたくお釈迦様の親切を拝受した。

三人の妻の例え話
お釈迦様物語 三人の妻の例え話

「昔、ある金持ちの男が三人の妻を持って楽しんでいた」 感動を手繰り寄せるように、目を閉じて語る修行者の声だけが響く。それはかつて仏陀・お釈迦様から聞いたという例え話だった。 商売人に出家は用事のない相手。だからその修行者と出会った時も商人は、旅先の暇つぶしのつもりで会話を始めた。年若い僧だが、徳が感じられる。同行して語り合ううち、出家の人柄にすっかり心酔した商人は、彼の師の仏にも大いに関心を抱く。夕食の時には抑えられなくなり、思わず尋ねた。 「あなたの師・お釈迦様とはいかなるお方か、その教えとは?」 修行者の表情は一変した。その真剣さに、何か尊いものを感じて商人は、襟を正して向き直る。語られたのはこんな話だった。 「昔、ある金持ちの男が三人の妻を持って楽しんでいた。 金持ちは第一夫人を最もかわいがって、寒いと言ってはいたわり、暑いと言っては心配し、贅の限りを尽くさせ、一度も機嫌を損なうことはなかった。 第二夫人は第一夫人ほどではないが、種々苦労し、他人と争ってまで手に入れたので、いつも自分のそばに置いて楽しんでいた。 第三夫人は寂しい時、悲しい時、困った時だけに会って楽しむ程度であった。 ところがやがて、その金持ちが重い病で床に伏すようになる。 刻々と迫りくる死の影に恐れおののいた彼は、第一夫人を呼んで心中の寂しさを訴え、“ぜひ死出の旅路の同道を”と頼んだ」 修行者の話に刺激されてか、商人は自分の来し方を振り返る。 “仕事こそ人生”と長い間、商売の旅に生きてきた。宵越しの金を持たず、妻子や父母兄弟とも離れて暮らす身。愛着とか未練には最も縁遠いような自分に、この金持ちの心境は正直、分からない。 “なのになぜ、他人事のような気がしないのだろうか?” 考えるうちに彼は、ふと気がついた。死だ。自分もこの金持ち同様、いずれ必ずこの世を去らねばならぬ。何人にも訪れる確実な未来……。それなのに今まで、死ぬことなど考えもせず生きてきた。言いようのない不気味さが胸を覆う。知りたくはなかったが、聞かずにもいられない。人として知らねばならないことと悟った。修行者の話は続く。 「“ほかのこととは違い、死の道連れだけは、お受けすることはできません” すげない第一夫人の返事に、男は絶望の淵に突き落とされた。寂しさに耐えられぬ男は、恥を忍んで第二夫人に頼んでみた。 “あなたが一番かわいがっていた彼女でさえ、イヤとおっしゃったじゃありませんか。私もまっぴらご免でございます。あなたが私を求められたのは、あなたの勝手。私から望んだのではありません” 案の定、第二夫人の返事も冷たい。男は恐る恐る、第三夫人にすがった。 “日ごろのご恩は決して忘れてはいませんから、村外れまで同道させていただきましょう。しかし、その先はどうか堪忍してください” 結局、三人ともに突き放されてしまったのだ」 ここまで話し、穏やかな表情で出家は、 「これは例えだが、何を表していると思われますかな?」。 だが男は答えない。 「金持ちは我々人間のこと。第一夫人は肉体、第二夫人は金・銀、財宝、第三夫人は父母、妻子、兄弟、朋友などを例えられたものだ。生あるものは必ず死に帰す。臨終には、今まで命にかえて大事に愛し求めてきた三人の妻と別れ、一人、旅立たねばならぬ。後生へ踏み出すその時に、何かあて力になるものがあるだろうか?生涯かけて求むべきは何だったのかと、問わずにはいられないはず。わが師・お釈迦様は、永遠に崩れぬ幸福のあることを、明らかになさっているお方なのです」 沈黙の時が流れた。やがて、二人はどちらからともなく食事を口に運ぶ。“この修行者に随って、仏陀の元に参じよう”。商人はそう心に決め、黙々と食べ続ける。柔らかな灯火が、食卓を照らしていた。

お釈迦様と殺人鬼オークツマラ
お釈迦様物語 お釈迦様と殺人鬼オークツマラ

寝息が耳につく。女は寝返りを打ち、夫に背を向けた。何も知らずに眠る、彼の暢気がしゃくに触る。 この数日、まぶたは閉じることを忘れたようだ。眠りたいと願うほどに目はますます冴える。まんじりともせず、白んできた空を恨めしく眺めながら、彼女は朝を迎えた。 名の通った婆羅門(ばらもん)である夫の元には、国中から多くの若者が集い、切磋琢磨している。 師の貞淑な妻として、かいがいしく立ち居ふるまう彼女は、時に姉として、時に母のように、弟子たちから憧憬を集める。 だがありきたりの畏敬に、いつしか退屈を覚えていた。 “まだ若いのに、姉や母だなんて……私だって一人の女として見られたい” 人知れず不満を抱く彼女の前に、才知、弁舌、容貌、ともに優れたその青年、オークツマラは現れた。 いかなる過去の因縁か。巡り会うべき人に会えた、と女は身を震わせる。一方で、出会ってはならぬ相手と気づくのにも、さほど時間は要らなかった。 有閑夫人の退屈しのぎどころではない。抗えぬ力で女は、美青年へのかなわぬ恋情に身を焼いた。それは夫が、彼への寵愛を深めるのと歩を合わせるように、深みへはまっていく。 悶々と眠れぬ夜の、これが理由であった。 女はやがて、夫が近々、多くの弟子と遊行すると知った。留守を任せられたのは、一人オークツマラ。降ってわいた“幸運”に、彼女はほくそ笑む。 “ただ、告白するだけでは夫にバレないとも限らない。危ない橋を渡る以上、彼には共犯者になってもらわなくては……” ひそかに計らい、その日の来るのを待った。 呼び出した密室。少女のように胸がときめく。もう後には引けない。秘めてきた愛恋の情を訴えると、物堅いオークツマラは身を硬くして後じさる。なおも執拗に密通を迫るが、最後は断固拒まれ、不貞をいさめられた。 こうならぬこともないと、わずかに覚悟もしていたが、ここまでかたくなとは。さすが女の身の恥ずかしさ口惜しさに打ちしおれ、すごすごとその場を立ち去った。 のぼせ上がった気持ちが急速に冷めると、彼の誠実は辱めとしか思えない。 次第に激しい憎悪が込み上げ、恐ろしい復讐をたくらんだ。 夫の帰宅を見計らい、女は渾身の芝居を打つ。自らの着衣を引き裂き、あられもない格好で床の上に打ち倒れた。 驚いた夫に問われるまま、不在中、オークツマラに不倫の恋を強いられ、こんな辱めを、と涙ながらに訴えた。 まさか──。婆羅門は愕然とした。後継者と信じた愛弟子の所業とは、にわかには信じ難い。だが数段上を行く妻の演技力と克明な作り話に、老師は激しい嫉妬の炎を燃え上がらせた。 こうなれば人師とて、ただの男。平凡な一時的な復讐よりも、自滅に仕向け、オークツマラに永遠の苦痛をなめさせてやろうと考えた。そこでさりげなく彼を呼んで命じる。 「おまえはもう、ワシのすべての教えを修得した。後はただ一つ、この剣で街の辻に立って百人を殺し、一人一人より一本の指を切り取って、首飾りとするがよい。さすれば、おまえの悟りの道は完備するであろう」 恐懼するオークツマラに、師は一口の剣を差し出す。悟りの道とはいえ、なんと残忍な……しかし師命に背くことはできぬ。 観念したように刀を受け取った弟子を見下ろした時、男の口元がわずかに緩んだ。悲劇の幕が、こうして開かれようとしていた。 「この剣で百人殺し、その指で首飾りを作れ。それで悟りの道は完備する」 あまりに残忍な行為を強いる師の言葉を、恐懼しながらオークツマラは聞いていた。差し出された刀の怪しいきらめきに魅入られ、ためらいながら柄を取る。 ちらりと覗いた師の顔は、一瞬、醜くゆがんで見えた。が、ここまで来たら、もう逆らうまい。ゆっくりと立ち上がった全身には、もう迷いは消えている。やがて街へと走りだしたその目は、次第に狂気をはらんでいった。 事の起こりはこうだ。 師の留守中、その妻がオークツマラに密通を迫ってきた。恩師の妻と不倫など、とても考えられなかった彼は、どうにか諌めて自室に逃げ戻った。 “……恐ろしいことだ” 胸を占めた嫌悪感から、初めは師妻をかたくなに拒んだが、その裏に、こんな思いが潜んでいたと気づいて戦慄する。 “憎からず思う二人。通じて何が悪い。きっと隠しおおせるに違いない” 自分こそ情欲の塊ではないか。思う先から、さらに浅ましい心がわいてくる。 “不倫に手を染め、万一にでも露見すれば、師の寵愛も失い、ここも石もて追われる身となろう。いずれが得か……” この損得勘定が最後には働いて、踏みとどまったのが正直なところ。そう気づいた時、疑念が転じてある思いがひらめいた。 “……もしやあれは、この私の浅ましさを悟らせようと、お師匠様が計らった芝居ではあるまいか。そうすれば彼女のあの不可解な行動も説明がつく……” 師への無垢な買いかぶりが彼をがんじがらめにする。 “あの方に間違いはない” 信じ切ろうと力む。その純真さは悪師に出会った時、悲劇の種子となる。 自分には“素質”がある。善良を装った顔の下に、よくもこれだけ凄惨な所業をなす器量があったものだ。他人事のようにオークツマラは、血にまみれた己が全身を眺め回す。ドス黒い達成感が心を酔わせている。 初めの一人こそためらったが、ひとたび手を染めれば、あとは林で槙を刈るようなたやすさで、手当たり次第に剣を振り回した。力任せの太刀が、肉を切り裂き、頭蓋をたたき割る。道行く者は老少男女を問わずに殺し、その指を切ってつなぎ、見る見るうちに紅に染まった鬘(首や身体の飾り)を作り上げた。 悪バラモンの敷いた破滅への道を、彼はひたすら驀進する。死体は累々と積まれ、ついに九十九人までになった。 だれ言うとなく彼をオークツマラ(指鬘)と呼んだ。 狂鬼のごとく最後の一人を求めていた時、目の前に現れたのは“生みの母”であった。 わが子の所業をうわさに聞き、驚いてやってきたのだ。彼にはもう、だれかれの見境もなかったが、さすがに愛する母に会い、心が動揺する。麻痺した心にも懐かしく温かい感興がよみがえり、しばし人間らしい心が戻った。 その時、彼の目にもう一つの影が映る。仏陀お釈迦様であった。見るが早いか、母に向いていた身体を反転し、お釈迦様めがけて猛然と突進した。ところがどうしたことか、一歩も前進できない。彼は焦って鋭く叫ぶ。 「沙門よ、止まれ!」 お釈迦様は、静かに応じられる。 「我は止まれり。止まらざるは汝なり」 奇異な答えに、彼は大いに驚いてワケを尋ねる。 「そなたは邪教にだまされて、みだりに人の命を奪おうと焦っている。だから少しも身も心も安らかになれぬのだ。我を見よ。生死を超えて何ら煩うところがない。惑える者よ。早く悪夢より覚めて無上道に入れ」 お釈迦様の尊容と無上の威徳に接して、さしもの悪魔外道も慟哭し、たちまち敬虔な仏弟子となっている。 後日、托鉢中の彼を見て、道行く人が言った。 「あれはオークツマラではないか。憎むべき殺人鬼だ」 呼応するように人々が群れ集まってくる。手に手に石を取り、刀を持って攻撃してきた。手向かわぬ彼は大衆のなすがまま、深傷を負い、ようやく逃れて、仏陀のもとに戻ってきた時は虫の息だった。仏の教導により、自己の造った悪業が、このような報いを招いたと知り、忍んで受け入れたのである。 「わが弟子の中、法を聞いて早く悟ること、指鬘のように勝れた者はなし」 お釈迦様は言われたという。

お釈迦様はどんな女性を美しいと仰るか
お釈迦様物語 お釈迦様はどんな女性を美しいと仰るか

暁の光が辺りを照らし始めた。徐々に明けていく気配をまぶたに感じながら、女は夜具に横たわっている。 給孤独長者(ぎっこどくちょうじゃ)の家は朝が早い。 すでに起きだした家人が、屋敷のあちこちで元気に挨拶を交わす声が聞こえる。 だが、嫁いだばかりのこの新妻だけは、長者の家風になじむ気がないようだ。 “まったく……貧乏所帯じゃあるまいし。何でこんな早くから起きて働かなくちゃいけないのよ。ワケ分かんない” 腹立ちを抑えて寝返りを打つ。もうひと眠りしなくちゃ、と思った。 “肌を美しく保つには、睡眠不足は大敵なんだから” そうつぶやいて、二度寝の快楽をむさぼるのだった。 「……玉耶(ぎょくや)は、まだ寝ているのかい?いい加減に起きないものか」 戻りかけの意識が、隣室の舅の声を聞いた。彼女は驚いて身を起こし、辺りを見回す。窓から強い陽光がさし込んでいる。長い髪をかき上げ、大きく伸びをして鏡台に座る。映し出された自分を見て、ようやく平静を取り戻した。 玉耶が起きた気配を察したのか、義父と夫の話し声はやんだ。彼らの、腫れ物に触るような態度にイラつく。 生活をともにすれば、遠慮も薄れ、あからさまな態度や表情も表れるはずなのに、義父母も夫も不自然なほど彼女に優しい。 それがたまらなくイヤで、もう実家へ戻りたいとさえ思っている。 何から何までこの家と自分は合わない。ここでは皆、だれかのために働くのを喜びとしている。思いやりや協調がとても大事だとも言われた。 “でも私は私。好きなようにさせてもらうわ。そもそも来てくれと頼まれたから嫁いでやったのよ” 反抗心を全身に表し、玉耶は容姿を磨くことに専心している。 だれより早く寝て遅く起き、日がな一日鏡の前を居場所に、髪を梳き、化粧を続ける。 裕福な家庭で育ったせいか、身の回りのことは人任せで、家事も一切したことがない。 気に障ればわめき、使用人にあたり散らす。勝手気ままな玉耶を、周囲は持て余していた。 “夫もあきれているだろう” うすうす気づいてはいるが、“態度を変えれば負けよ”。今更どうすることもできないと、開き直るしかないのだった。 家長の給孤独長者も困り果てている。女性は見た目が第一と思い、探し当てた息子の嫁。容貌は申し分ないが、内面は幼いままだった。 労を惜しまず、他人のために働くことを当然としてきた長者には、彼女の日常は理解を超えている。 食事の準備や片付け、掃除、整理整頓、人としてなすべき生活の基礎を、端から彼女は身につけていなかった。 だが、こちらから持ちかけた縁談だから、今更、離縁もできない。長者家族は途方に暮れ、かねて崇敬する仏陀・お釈迦様におすがりするしかないと考えた。 給孤独はその日、お釈迦様を訪ね、“何とか彼女の心掛けがよくなるようにお諭しを”と願い申し出た。 深く同情なされたお釈迦様は、早速、長者の屋敷へ赴くと仰せられた。 晴れやかな顔で長者が帰宅すると、家人がいつも以上に掃除に精を出し始める。 何かあると感じ取った玉耶は、傍らの使用人をつかまえて尋ねた。 「ハイ、何でも明日、お釈迦様がいらっしゃるようでして……」 バカ正直な返事から、玉耶は自分の矯正計画を見抜く。明日は一歩も部屋から出るまいと誓った。舅たちは、釈迦の手前、さぞ困るだろう。 “アホクサ。説教なんて、だれが聞くもんですか” 彼女は一人ほくそえんだ。 祇園精舎の建立で知られる給孤独長者は、長男の妻・玉耶の生活態度に悩んでいた。 美貌だがわがままで、家族に溶け込まない彼女の心掛けを正すため、給孤独は仏陀・お釈迦様にご説法をお願いする。 だが玉耶は、自身の矯正計画と知り、すねて部屋に引きこもってしまう。 玄関の辺りが騒がしい。出家たちの行列が、どうやら見えてきたようだ。家人が口々に、何かはやし立てている。 家の中は、大方の準備が終わったのだろう。時折、だれかが廊下を駆け抜ける以外は、咳払い一つ聞こえなかった。 総出の迎えが盛り上がるほど、部屋の静寂が際立つ。 押し入れに身を潜める玉耶は、より小さくなってうずくまった。フッと醒めた思いが胸をかすめる。 “何で私、こんなことしてるの?” いかにも幼稚だと、我ながら思う。だが、“姿さえ見せなければ”。今はそう思ってやり過ごすしかなかった。 仏陀の一行が到着した。家中が玉耶のことなど忘れたように、修行者たちの世話を始める。 屋敷の至るところで談笑が交わされ、愉快な声が響きわたる。 だが、にぎわいの中ただ一人、家長の長者だけが、ハラハラしながら嫁の行方を捜していた。 “お出迎えもするつもりがないのか……” 玉耶の部屋へ行ってみた。 「玉耶よ、いるのか」 返事がない。確かにいるだろう。だが、呼びかけを拒むように静まり返っている。 “ヤレヤレ、困ったものだ”とため息をつきながら、お釈迦様の控室に行き、事情を説明した。 「まことに申し訳ございません。実は……」 一切をお見通しであった仏陀は、すぐに神通力で、長者の屋敷を透き通るガラスの家に変えてしまわれたのである。 舅の呼びかけを遠くに聞きながら、玉耶は暗がりで息を潜めている。ここに来てからのことを思い返す。 “どうしてこんなことに……” 気分に任せ、後先考えずしてきたことが、思わぬ方向に進んでしまった。 いっそ実家に帰りたくなる。と、その時、不意に明るさを感じて目を上げると、どうしたことか。 客人たちの戸惑う姿が見える。いや壁の内といわず、外といわず、一切がありありと透けているではないか。 自分の情けない姿もまた、一目瞭然だった。 “何よこれ。丸見えじゃない” 押し入れの中なら音も漏れず、姿も見えないと思っていた。 目隠しできてこそ隠れる所詮もある。 外面だけでなく、すねて、反抗している心の奥底まで白日の下にさらされたようで、玉耶はいたたまれない気持ちになった。 “一体、何がどうなったというの?” すべてがお見通しとなれば、もはや隠れてはおれない。 自ら飛び出し、お釈迦様の許へ駆け寄ると、倒れ込むようにひざまずいた。 心はまだ、モヤモヤした雑念が渦巻いている。 だが、“仏さまって、普通じゃない力があるんだわ”という驚きも確かにある。そんな彼女にお釈迦様は優しく諭された。 「玉耶よ。いかほど顔や姿が美しくとも、心の汚れている者は醜いものである。 黒い髪もやがては白くなり、真珠のような白い歯も段々と抜け落ちていく。顔にはシワができ、手足は次第に不自由になってくる。 それだけではない。ひとたび無常の風に誘われれば、二度と見られぬ哀れな姿に変わり果てるのだ。 そのような肉身に何の誇りが持てようか。それよりも心の美しい女になって、だれからも慕われることこそが大切とは思わぬか」 静かだが、一言一言が心にしみる。仏陀の威徳に触れ、玉耶は、心の鎧がはがれていくのを感じ始めた。 表情の変化を見て取られたお釈迦様は、続けて、「そなたは、世に七通りの婦人がいるのを知っておるか」と七婦人を例示される。 母の如し………母親が子供を養育するように、愛情豊かに夫と接する妻 妹の如し………妹が兄を尊敬し、慕うように夫に仕える妻 善知識の如し…一切の人々を真実の幸福に導く仏教指導者のように、常に夫を善導し、成功に至らしめる賢夫人 婦の如し………時に夫婦ゲンカもするし、仲良くもなる。夫と対等の普通の妻 婢の如し………召使のような妻。自己主張をせず、何事も黙々と服従する 怨家の如し……夫に恨みを持ち、横に寝ている夫の顔を見て、“こんな男と結婚したから……”と、恨み続ける妻 奪命の如し……夫の命を奪ってしまう恐ろしい妻。日々“死んでくれ”と夫を憎み、ついには殺してしまう悪女をいう ジーッとうつむいて聞いていた玉耶だが、怨家、奪命の説明になるとギクリとした。 「これは紛れもない。私のことを言っているんだわ」 仏陀が自分の心中を覗いて話しているのではないか、とさえ思う。 教えの光に照らされ、やがて嫁いでからの悪態の数々が思い出された。 請われて嫁したこの家の生活に戸惑いばかりを抱いた。 幼いころから蝶よ花よと育てられ、自分は家事が何一つできない。やろうともしなかった。それをとがめられたこともない。 だから妻として、これまで夫のために一度の給仕もしていない。関心といえば、己の美貌を磨くことばかり。 機嫌が悪ければ口も開かず、自分の非を認めない。夫や父長にも平気でキバをむき、不平不満を並べては、心の中で切り刻む。自堕落で身勝手だった。 だれも表立って責めはしないが、ひんしゅくを買っているのは自分でも分かっていた。弱みを見せまいと、さらに意地になり、落ち込み、すねて、皆の気分を憂鬱にしている。 そういえば、この一家は皆、お釈迦様の教えを信奉して、上も下もなく労働にいそしんでいる。 人の喜びをわが喜びとして、生き生きと幸せそうだ。 ああ、自分もあんなふうになりたい……。素直な気持ちが、にわかに、フツフツと湧いてきた。 お釈迦様は、穏やかに続けられた。 「玉耶よ、七種の婦人とはこのとおりだが、そなたは自分をどれだと思われるかな」 「お釈迦様。私は……怨家と奪命をこね合わせたような女が私でございます」 思わず言い放った玉耶に、お釈迦様は優しく問う。 「それはよい婦人かな?」 「いいえ、恐ろしい女です。私ほど悪い女はいませんでした。こんな私が救われるには、どうしたらよいのでございますか?」 諄々と、それからお釈迦様は、玉耶に法を説かれた。心から悔い改めた彼女は、後世、婦人の鑑と称賛されるようになったのである。 一家和合の給孤独長者の家が、ますます繁栄したことは言うまでもない。

愚かな男はだれか お金・時間の天引きの勧め
お釈迦様物語
愚かな男はだれか お金・時間の天引きの勧め

愚かな男はだれか 招き入れられた豪華な部屋で修行者は、横たわる老人を一目見て絶句した。 それは出家前に仕えていた商家の主人だった。かつての精悍さは失われて骨と皮だけになり、末期が近いのは明らかである。口を真一文字に結び、時折大きく息を吐く。眼窩に沈んだ眸は、じっと天井を見つめていた。 傍らに彼の長男が、よく似た顔に思案の表情を張りつけて座っている。 息子が仏弟子の来訪に気づいて一礼すると、翁は顔だけを出家に向けた。 震える手でこちらへ来いと招く。挨拶もそこそこに修行者は、寝台の横にひざまずき、口を老人の耳元に近づけた。 「お久しぶりです」 「立派になったのぉ。元気にしとるかい?」 搾り出すように老人は言った。 「ハイ。だんなさん、具合はいかがですか?」 「ああ、ありがとう。わしはもう長くないよ。それより今日来てもらったのはほかでもない。あの時の話を聞かせてくれないか」 “あの時の話……?” 戸惑いを察したのか、老店主は言葉を継ぐ。 「ほら、そなたがここを出て行ってから、初めて訪ねてくれた時のことじゃ。本当に短かったが、その時してくれた話じゃよ」 言われてようやく思い出した。 以前、一言なりと仏陀の教えを伝えたいと、用事のついでに訪問したのだった。 翁の懇切な商いが繁盛し始めたころで、屋敷にはその勢いを表す調度がいくつも置かれていた。 思い返して今、通された部屋を眺めると、さらに立派になっている。だが主の命は風前の灯。出家は人生の悲哀を感じた。 ひとつ解き放たれると、あとは数珠つなぎで記憶がほぐれていった。 仏弟子が店主にした話も、お釈迦様からお聞きしたこんな例え話だったと、一言一句までもが思い出された。 愚かな男が大勢の客を招いてご馳走しようとした。“さて何を出そうか”。いろいろと考えた末、家に乳牛が一頭いたので、牛乳でもてなそうと決めた。 しかし、一頭の牛ではとても大勢をもてなすことはできない。 さればといって、あらかじめ乳を搾ってためておけば腐ってしまう。思案した結果、 「そうだ、牛の腹に蓄えておけば腐る心配はなかろう。これは名案だ」 独り合点して、その日から乳を搾らずに招待の日を待っていた。 やがて当日、大勢のお客がやって来た。男は牛小屋へ行き、蓄えていたはずの乳を一挙に搾ろうと一生懸命になったが、牛の腹はもはや萎んでしまい、乳は一滴も出なかった。 客たちは腹が空いてもご馳走が出ないので騒ぎだした。男が一切を打ち明けると、怒るやら、あざけるやらして帰っていったという。 このような話をなされてから仏陀は仰せられた。 「布施を行おうとする者で、“今にお金がたまり、余裕ができたら大いに施そう”と言っているのをしばしば聞くが、それはちょうどこの男の話と一緒で、布施など到底できるものではない。 金も財産もできぬうちに、盗賊に奪われたり、災厄に遭ったりと、ついには思いを果たさず死んでしまうのである。善いことは思い立った時に行うがよい」 双眸を見開いて聴き入っていた店主は、息子に向かって言った。 「仏陀の大事な教えを、あの日、感じ入って聞いたものだ。しかし好転していた商売を抱えて、“そうはいっても、今は商いが大事だ。仏法は、仕事をやめてからでいい”と思ったのだ。 だが息子よ。見てのとおり暮らしはよくなったが、わしはこの有り様じゃ。今になって、愚かな男は自分だったと気づいたのだ。なぜもっと早く仏法とご縁を結ばなかったのか。今はそればかりが悔やまれる。せめて命ある間に聞かせてもらうしかない。 おまえも仏の教えを聞いて、なぜわしが後悔しているのか、自分で答えを見いだすのだ。……ああ、人の一生とは何と速いものだ。おまえに望むことはほかにない。どうか、すぐ仏法を聞いてくれ」 懸命な父の言葉に思うところがあったのか、向き直った息子は合掌し、深々と修行者に頭を下げた。出家はおもむろに法を説き始めた。 お金・時間の天引きの勧め 貯蓄のコツは「天引き」といわれます。日本の納税率が高いのは、天引きされるからで、余ったお金を貯蓄しようと思っても、なかなか思ったような貯蓄はできません。最初から貯蓄する額を天引きし、残りのお金で生活してこそ、貯蓄はできるものです。 この考えは、お金だけでなく、時間にも通じます。 新しく何かを始めようと思っても、忙しくて後回しにすると、貯蓄ができないように、三日坊主に終わってしまいます。 貯蓄の天引きのように、「時間ができたらやろう」ではなく、最初のこの時間にやろうと、時間を天引きして、残りの時間で、今までのことをやり終えるようにする。そうしてこそ、新しいことにチャレンジできるのではないでしょうか。 昔から「善は急げ」と言われます。お釈迦様は、そのようなことを勧めておられるのです。

いろは歌
お釈迦様物語 雪山童子と羅刹
いろは歌の意味

雪山童子と羅刹 これは遠い昔、雪山の奥深くに、菩提(本当の幸せ)を求めて難行苦行されていた過去世のお釈迦様、雪山童子の物語である。 「人の世の苦しみ、悲しみはどこから来るのか。人は、何のために生きるのか」 胸中に、常にこの問いが鳴り響いている。 深山に一人、崇高なさとりを求めるのも、この最も簡明で奥深い疑問から発している。 「雪山」の名のごとく、年中ここは雪の消えることがない。 厳しい自然に身を置くことがすでに苦行だが、さらに自らの肉体と精神を痛めつけ、日夜、童子は修行に励んでいた。 ある時、瞑想していると、風に乗ってどこからともなく、かすかな声が耳に届いた。空耳か……。人影もない奥山のこと、初めはそう思ったが、 諸行無常(諸行は無常なり) 是生滅法(これ生滅の法なり) と聞こえた偈文は、心を強くとらえた。よもや、これはさとりの言葉か。口に誦して味わってみる。 「この世に変わらぬものはない。香り高く咲き誇る花もやがて散り、この身もいずれ朽ち果てる。それが浮世の、変わらぬ定めなり」 “何という尊い調べ。間違いない” 求めて止まなかった真理の響きを胸に収め、童子は飛び上がるほどに喜んだ。 “一体どなたが、こんな尊い偈を聞かせてくだされたのか。惜しむらくは、さとりが半分しか言い表されていない。どうにか後の半偈をお聞きしたい” だが、辺りを見回しても、声の主は分からない。そもそもこの山には、草木や小動物のほかに生き物はいないはず。 “しかし、だれかが言ったに違いない” 断念できぬ童子は岩々を巡り、草むらをかき分け、山中をくまなく探し回る。 身命を賭してさとりを求める身には、後の半偈こそ、聞かずにいられぬ命であった。 一向にそれらしき相手を見いだせぬまま時を費やし、“もうダメか”とあきらめかけた時、ふと見上げた。 高い岩上に、この世の者とは思えぬ、恐ろしい形相の羅刹(らせつ)が立っているではないか。 「まさか、あの鬼が……!?しかし言葉を発するといえば、あの者しかない」 疑念を抱きつつ、恐る恐る童子は、羅刹に近づいていった。 深山で難行苦行を続ける雪山童子(過去世のお釈迦様)は、風に乗ってかすかに聞こえた「さとりの偈文」に誘われ、声の主を求めさまよい、岩上に恐ろしい形相の羅刹を見つけた。 “この羅刹が尊いさとりの言葉を発したというのか。まさか……、こんな鬼にあの偈文が説けるはずがない。 だが物を言う者とて、ほかには見当たらぬ。きっと今こそ醜い業報を受けているが、過去に仏さまから尊い教えを受けていたのかもしれぬ。 さすればあとの半偈も、知っているのではないか” 望みをつなぎ、恐る恐る異形の前に手を突いた。 「大士よ、先ほど尊いさとりの半偈を説かれたのはあなたでございましょうか」 ギョロリと童子をにらんだきり、羅刹は無言のまま。 「先ほどの偈は、あなたが説かれたのでしょう。だが、あれでは半偈のみ。もう半分を教えていただけないでしょうか」 再び深く頭を下げた童子の物腰は丁寧だが、譲れぬ気迫がみなぎっている。羅刹は、ようやく口を開いた。 「修行者よ、オレはそんなさとりの偈など知らん。聞いたというのは、おまえの空耳だろう。 だがな、ここ十日ばかり何も食うていないので、何かうわごとのように口走ったかもしれぬ。なにしろ今は、空腹で物を言う力もないのだ」 彼こそ言葉の主。確信した童子は、膝を進めてさらに迫る。 「お願いでございます。空腹でさぞ苦しいでしょうが、どうか後の半偈をお聞かせください。 もしかなえば、生涯あなたの弟子としてお仕えいたします。どうか……どうか」 「見てのとおり、醜い業報を受ける身。弟子などはいらん。それにしてもおまえは自分のことばかり言って、少しもオレのことを考えてはくれないのだな。 わが身さえさとりを得れば、他人はどうなってもよいというのか。オレは先刻から、腹が減って一言もしゃべることはできないと言っておるのだ」 「では大士よ、あなたはどんな物を口にされるのか。何なりとおっしゃってください。私が用意してまいりましょう」 意を察して尋ねると、羅刹は嘲るように言い放つ。 「それは言っても無駄だ。おまえはただ驚き、困るばかりであろうからな」 「生命を懸けてさとりを求める者、どんなことを聞かされても、驚きも、悲しみも、恐れもいたしません。遠慮なく望みをおっしゃってください」 動ずる気色もない様子に、羅刹はゾッとする笑みを浮かべた。 「そんなに望むなら聞かせてやろうか。オレが食らうのは、人参や大根ではない。犬や猫でもない。人間の肉だけだ。しかも、死人の肉はごめん被る。生血滴る人の肉でなければな……」 お釈迦様の遠い過去世、雪山童子は、深遠なさとりを求めて修行の日々を送っていた。 ある日、風に乗って「諸行無常是生滅法」と聞こえた「さとりの偈文」に導かれ、異形の羅刹(鬼)と出会う。続きが聞きたい童子は、鬼に手を突いて頼んだ。 羅刹は言う。 「ここ十日ばかり、オレは何も食うていないのだ。だが飢えのあまり、うわごとのように何か口走ったかも知れぬ。しかし、もう話す力がないのだ」 だが、ようやく見つけた言葉の主。童子は懸命に説得する。 「大士よ、では、あなたの召し上がるものを用意いたしましょう」 「それは無理だ。オレは、人参や大根、犬や猫の肉は食わぬ。生き血したたる、生温かい人間の肉しか食わぬのだ──どうだ。驚いたであろう」 必死の懇願に、獲物を弄ぶように言い放った悪鬼を、静かに見つめて童子は尋ねた。 「大士よ、それは私の肉でもよろしいのか」 「それはいいが……そんなことできるはずはなかろう」 意外な申し出にいぶかしげな羅刹を、童子は畳みかける。 「いや、あなたがもし、後の半偈を聞かせてくだされるならば、私は喜んでこの体を差し上げます。どんなに大切にしても五十年か百年で滅びる体、永遠に生きるさとりを得られるなら惜しくはありません。どうかお聞かせください」 再び羅刹に額いた。その時である。 生滅滅已(生滅滅し已わりて) 寂滅為楽(寂滅を楽と為す) 端然として羅刹が、残りの偈文を説いたのだ。 同時に、童子の一切の迷雲は晴れわたり、ついにさとりは開かれた。 「ああ……わが出世の本懐、成就せり……」 かつて体験したことのない歓喜にむせぶ童子は、後の衆生のために偈文を木石に刻みつけたい、と願い出る。 丁寧に一文字一文字、彫り終えると、感慨深げに偈文を眺め、しばしたたずんでから、やがて身を翻して近くの樹に登ると、 「いざ、参らん」。 サラリと羅刹めがけ、投身した。その一瞬──。 羅刹が変じて現れたのは仏法を守護する帝釈天(たいしゃくてん)。 童子を抱き留めて地上に下ろし、敬礼してこう褒めたたえた。 「善いかな、善いかな。あなたこそ真の菩薩である。その決心があってこそ仏覚を開くことができるのです」 帝釈天は羅刹となり、雪山童子の求道心を試さんとしたのだった。 いろは歌 雪山童子が命を懸けた「偈文」のこころは、有名な「いろは歌」に歌われています。  諸行無常 (諸行は無常なり)    是生滅法 (これ生滅の法なり)  いろはにほへと ちりぬるを  わかよたれそ  つねならむ  生滅滅已 (生滅滅し已わりて)  寂滅為楽 (寂滅を楽と為す)  うゐのおくやま けふこえて  あさきゆめみし ゑひもせす いろは歌の意味 「いろは歌」は、すべての仮名を一文字ずつ使って、しかも意味のある歌になっているので、昔は、仮名の勉強に使われていました。  いろはにほへと ちりぬるを   (色は匂えど 散りぬるを)  わかよたれそ  つねならむ   (わが世だれぞ 常ならむ)  うゐのおくやま けふこえて   (有為の奥山 今日越えて)  あさきゆめみし ゑひもせす   (浅き夢見じ 酔いもせず)  色は匂えど 散りぬるを  (咲き誇る花も、やがては散りゆく)  わが世だれぞ 常ならむ  (世に常なるものなどありはしない)  有為の奥山 今日越えて  (苦しみ迷いの奥山を今、乗り越え)  浅き夢見じ 酔いもせず  (迷夢に酔うことのない世界に出た)  一切の滅びる中に、滅びない本当の幸せが、仏教には教えられているのです。

リスの暗示と大願成就
お釈迦様物語 リスの暗示と大願成就

当てもなく行き着いた小さな湖畔。澄んだ水面に目を休め、しばし佇んでいた悉達多(しったるだ)(後のお釈迦様)は、焦りの心と対峙していた。 大覚(仏のさとり)を求め、故郷のカピラ城を捨てて数年がたつ。 だが、峻烈を極める修行で、心身はともに疲れていた。 勇猛果敢に城を飛び出してきたが、なかなか大果は得られない。 弱気の風に吹かれ、近ごろは“修行を断念して王宮へ戻ろうか”と、そんな考えがふっと頭をかすめるようになった。 誘惑をかき消すように頭を振り、再び湖面に目を移すと、小さな波紋が、一定の間合いで現れては消える。 不審に思って近寄ると、小さなリスが、湖水に尾をつけては出し、つけては出ししていた。 “……何をしているのだろう?” 悉達多太子は、リスに尋ねた。 「私はこの湖の水を、くみ尽くそうと思っています」 意外なリスの答えに、太子は言葉を継いだ。 「おまえのような小さな尾で一滴二滴くみ出して、こんな大きな湖の水をなくすることができると思うのか。何百年かかるか分からぬぞ」 「あなたのおっしゃるとおりでしょう。しかし、私は五年や六年してみてできなかったと断念するようなことは致しません。どんなに長い年月がかかりましょうとも、定めた思いの通るまでは、やめない決心をしております」 “ああ、自分も今、このリスに勝っても劣らぬ大願をおこしているのだ” ここに至るまでのことが、頭の中を駆け巡った。王子として生を受け、人として求むる限りのものは手にして、不自由を知らず暮らしてきた。 だが、人のうらやむそんな生活も、老いや病、死を前にしては、何ら光彩を放たないと知らされ懊悩した。 長い苦悩の時期を経てさとりを求めてようやく歩みだした時の決意を、自分は忘れていた、と知った。 「たとえ何十年かかろうが、大目的を果たすまでは志を曲げてはならないぞ」 原点を取り戻した悉達多は、修行を続行し、ついに大覚を成就し、仏陀となられたのである。 リスは悉達多の求道心を試す帝釈天(たいしゃくてん:仏法を守護する神)の変身であった。彼の様子を見て、よほど、固い決心がなければ成仏という大願は成就できないと、リスの姿になって励ましたのである。 目指す目的が素晴らしいものであればあるほど、「精神一到、何事か成らざらん」の強い決心が要請される。 同時に早く目的地に着きたいために心だけが先走って、焦ったり無理したりすると、かえって疲労がひどくなったり、道を間違えたりして結果は逆になるものである。 一切のことは急いで急がず、急がずに急ぐことが大切なのだ。 目的が大であればあるほど、脚下を凝視し大地を踏み締めていく心がけが要諦なのである。

この身体はだれのものですか
お釈迦様物語 この身体はだれのものですか

これは大号というお釈迦様の弟子が、商人であったころの話である。 金色の太陽が半ば沈むと、急に青暗く、寒々した空気に包まれた。 他国からの帰途、彼は道に迷っている。 幾度か往来したはずなのに、どこで間違えたものか。見覚えのない景色を横目に、足を急がせる。 人里離れ、宿もない。心細さと焦りで、立ち止まれば気が萎える、とひたすら行くと、森に抱かれた墓地に差しかかった。とっぷり日も暮れ、辺りは木々に遮られた黒い闇。枝葉の隙き間から銀色の月明かりが細くさし込んでいる。もう休みたい、体は悲鳴を上げていた。 “墓場か……。気味悪いが仕方ない、今夜はここに宿をしよう” 夜気に当たらぬよう大きな木陰に身を寄せると、早々に寝入った。 どれだけたったろう。何かの足音か。異様な気配に目が覚めた。 よく見ると、墓地の奥から死体を抱えて、だれかやってくるではないか。危うい予感が走り、素早く身を隠す。 やがて月光に照らし出された巨漢を見た瞬間、彼は腰から力が抜けていくのを感じた。 筋骨隆々の赤い肌をした、それは鬼だった。 “今からあの死体を食らうのだろうか。鬼は生き血滴る人の肉しか食わぬと聞いたことがある。見つかれば、オレも食われてしまうに違いない” 急いで樹上に避難した彼は、震えながら息を潜めて様子をうかがう。間もなくもう一匹、青いのがやってきた。 「おい、その死体をよこせ」 と青鬼。険悪な空気に、赤い奴が怒鳴る。 「オレが先に見つけたのだ。渡すものか」 にらみ合う二匹が、腕力で勝負を決しようと身構えたその時、何を思ったか赤鬼が、こちらを指さして言った。 「あそこに、さっきから見ている人間がいる。あれに聞けば分かろう。証人になってもらおうじゃないか」 “気づいていたのか!!” 血の気が失せた。だがこうなっては、いずれ食い殺されるのは避けられぬ。ならば真実を言おうと決心した。 「それは赤鬼のものである」 腹を据えて一言放つと、恐ろしい形相で青鬼がズカズカと歩み寄ってくる。 たちまち引きずり下ろされ、片足を食べられてしまった。 “ギャー” あまりのことに叫喚すると、気の毒に思ったか、赤鬼がだれかの死体の片足を取ってきて接いでくれた。 激高する青鬼は、次に両手を抜いて食べる。 赤鬼はまた、ほかの死体の両手を取ってきてつけた。 青鬼は大号の全身を次から次に食べ、赤鬼はその後から元通りに修復する。 大いに食べて満足したのだろう。青鬼はやがて帰っていき、赤鬼も、 「ご苦労であった。おまえが真実を言ってくれて気持ちがよかったぞ」 と礼を告げて立ち去った。 一人残された彼は、今の出来事を夢のように思い出し、いろいろ体を動かしてみるが、元の身体と何ら変わらない。 ただ、この手足は自分のものでないことだけは間違いなかった。どこのだれの手やら足やら、と街へ帰ったあとも、 「この身体はだれのものですか」。 大声で叫びながら尋ね歩いたので、大号尊者と呼ばれるようになったという。 未来の医学は、肉体丸ごと替えるかもしれぬ。 自分のものでない物は、大号尊者の手足だけではない。 仏教では、私は肉体ではなく、統一的主体があると教えられているのです。

なぜ生まれてきたのか 修行者と少女 
お釈迦様物語 なぜ生まれてきたのか
修行者と少女 

遠くからも目立つその屋敷は、周りの貧しい家々の中に、ひときわ重厚な門構えを見せている。 修行者がこの家の少女と出会ったのは、ある暑い日の行乞の途中。 あまりにのどが渇き、水を一杯所望しようと訪れたのだ。 歓声をあげて往来を駆け回る近所の子供たちの横で、彼女は一人、まるで罰でも科されているように玄関の前でうずくまっていた。 まだ十にも満たぬ年ごろなのに、今にも消え入りそうな佇まい。彼は優しく声を掛けずにいられなかった。 自ら水を運んできた少女の、子供らしい人懐っこさを湛えた瞳からは、年に似合わぬ悲しい色合いが見て取れる。 “なぜだろう”。気にかかって修行者は、その後も門前を通るたびに、彼女に声を掛けるようになった。 ある時、近所を托鉢していると、供物を施してくれた主婦から、少女の母親がすでにこの世にないことを知らされた。 体が弱かった母親は、彼女を生んですぐに亡くなったという。 仕事で成功した父親も、慈愛に満ちた優しい祖父母も、彼女にいっぱいの愛情を注いでいたが、母のない寂しさを埋めることができないでいるようだ。 人生は、一つ持っていると思えば、ほかの大事な何かが欠けていることがある。 完璧な生きざまなどはないものだな、と修行者は痛感した。 だがその欠け目が、人を真実に向かわせる大きな勝縁になることもよく心得ている。 どうかあの少女に仏縁あれかし、衷心から念ずるしかなかった。 その日も乞食に勤しんでいた出家が少女の門前を通りかかると、しゃがんでいる後ろ姿がいつもより小さく見える。どうかしたの、と彼は声を掛けた。 「今日はね、私、誕生日なの」 作り笑いを浮かべて、彼女は答えた。わざと明るく、彼は返した。 「それはめでたい日じゃないか。なのになぜ、そんなにうつむいているの?」 「だって、今日は悲しい日よ。私がお母さまを死なせてしまった日ですもの」 ハッとして修行者は自身の鈍感を恥じる。少女は続けた。 「私が生まれなければ、お母さまは死なずにすんだのよ。なのに何で私は生まれてきたのかしら、いつも考えてるの」 砂をいじっていた小さな手を、彼女はパンパンとはたいた。幼い心一杯に詰め込んでいた思いを見せつけられた気がして、修行者は胸が詰まった。 「なぜ生まれてきたか、その答えを知りたいかい?」 強烈なまなざしが、途端に出家を射抜く。少女は瞳でうなずいた。 「人と生まれるのは大変に難しい。私の先生のお釈迦様はこう教えられている」 「お釈迦さまが?」 「そう。私たちは人に生まれる前、そこらにいる犬や猫、森の中を飛び交う鳥や虫であったこともある。 水を棲み処とする魚や、あるいは私たちには見えないが、人よりも貧しい餓鬼道や争いばかりの修羅界、最も苦しみの激しい地獄に生まれていたことも、一度や二度ではなかったのだよ、とね」 修行者は、目の前の砂を一つまみ、自分の親指の上に載せた。 「人間に生まれている者は、大変少ないのだとお釈迦様は仰せられている。 どれほどか分かるかい?この大地の土をあらゆる生き物すべてとするならば、ほら、この爪の上の土が私たち人間なんだ」 「こんなにちょっと?」 少女は目を瞠った。 「そう。お母さんが命と引き換えに与えてくだされたその体は、まことに得がたいものなのだよ。どれほど得がたいか、もう一つ、例え話を教えよう」 こう言って出家は、傍らの木片を手に取ると、地面に絵を描き始めた。 器用に木片を操り、地面に波を描く。修行者の絵は巧みだった。 「これは海。見たことあるかい?」 小さく少女はうなずいた。 脳裏に、かつて父に連れられていった風景が浮かんだ。 青い空の下、浜辺の木々をなぎ倒すような強風とはるか彼方から寄せては返す波しぶき。 轟音が響き、強烈な潮の香りが鼻腔を刺激する──荒ぶる海の記憶が五感を通じてよみがえり、彼女は一瞬、顔をしかめる。出家は続けた。 「ある時、お釈迦様は仰せられた。果てしなく広い海の底に、目の見えない亀がいる。その亀は百年に一度、波の上に浮かび上がるのだ、とね。亀って知っているかい?」 「知らない。どんな生き物?」 「硬い甲羅を持っていて、とても長生きするんだよ。ほら、こんなふうに海の中をゆったりと泳ぐんだ」 波の下に、甲羅と手足を描き加える。頭と尾も出した。 「この目の見えない亀が泳いでいる海には、一本の丸太ん棒が浮いている。その丸太の真ん中にこれくらいの穴が開いているんだ。 丸太ん棒は、風のまにまに、東へ西へ、南へ北へと海の上を漂っている」 波間に穴の開いた丸太を重ね、少し間を置いて、ゆっくりとこう続けた。 「そこでお釈迦さまはある弟子に聞かれたんだ。『百年にたった一度浮かび上がるこの亀が、浮かんだ拍子にちょうどこの丸太の穴にひょっと頭を出すことがあるだろうか』ってね。どう思う?」 少女の頭に、またあの海が浮かぶ。深い海の底を、どこへともなく泳ぐ亀と、頼りなく流されるままの丸太。 互いを求めているわけでもなく、しかも亀が波間に浮かぶのは百年に一度きり。 気の遠くなるような思いに駆られて少女は、 「……そんなこと、考えられないわ」。 仏弟子はニッコリ笑ってうなずくと、急に真顔になり、 「そうだね。とても考えられない。でも、その時、お釈迦様はこう仰せられたんだ。 『だれでも、そんなことは全くありえないと思うだろう。しかし、全くないとは言い切れぬ。長い歳月を重ねて繰り返していけば、何かの拍子に穴に頭を出すことがあるかもしれない』 分かるよね。でもね、人間に生まれることは、この例えよりも、さらにありえぬ、難しいことなんだ、有り難いことなんだよ、と教えられたんだ」 驚いた少女は目を見開いた。出家が問う。 「そなたは今、そのような有り難い人身を得て生まれてきた。母上が命を懸けてこの世に生んでくだされたのだよ。 その尊い一生を、暗い心で送っていることは、そのお心にかなうことだろうか?」 すぐさま少女はかぶりを振った。 「仏陀・釈迦牟尼は、この人生を真に輝かせる教えを説いておられる。生まれたことには崇高な意味があるのだ。どうか、よく学んでほしい。これが私からの誕生日の贈り物だよ」 修行者はこう言うと、居ずまいを正し、朗々とお釈迦様のお言葉を謳いあげた。 人身受け難し、今已に受く。仏法聞き難し、今已に聞く。 この身今生に向って度せずんば、 さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん。 よく徹る仏弟子の声に聞き入りながら、少女は聖語を胸に納めようと小さな両の掌を合わせる。その瞳からは、温かく穏やかな光が放たれていた。

お釈迦様とキサーゴータミー
お釈迦様物語 お釈迦様とキサーゴータミー

ひとしきりぐずって眠りについたわが子を、キサーゴータミーは静かに寝台に戻した。 苦しいのか胸がせわしなく上下する。口を半開きにし、汗を浮かべて喘ぐ寝顔もあどけなく、彼女は息子をじっと眺めた。 いとおしさが胸に広がる。ようやく授かった子宝を、初めて胸に抱いた日を思い出す。 小さな体、命一杯の泣き声、しぐさや表情の一つ一つが愛らしく、どれだけ眺めても飽きない。母となってから、毎日が満ち足りていた。 “熱もおさまったみたいだし、昼にはお医者さまへ連れていこうかしら” 坊やは昨夜から機嫌が悪い。突然、獣のような声で激しく泣いた。 忍耐強く彼女は、乳を含ませ、おしめを探る。熱を見たり、発疹はないかと確かめもした。 眠りが浅く、たびたび目を覚ます。その繰り返しで昨夜は明けた。 それがさっき、ようやく寝息を立て始めたのである。 彼女の体はクタクタだったが、“今のうちに、洗濯を済ませておかなくちゃ”と、手早く洗い物をまとめ、起こさぬように注意して川へ走った。 幼子を抱え、毎日の家事に終わりはない。 さあ、急がなくちゃ、と仕上げて家に帰り着くと、泣き声は聞こえない。 ホッとして物干しに取りかかった。しばらく眠ってくれれば家事がはかどる。赤子を背負っての重労働を避けられたことが、彼女には幸いに思えた。 どれほど経ったろう。家事に熱中していたキサーゴータミーは、ふと我に返った。 もう昼が近い。“静かすぎる” 違和感を覚え、胸騒ぎがした。慌てて寝台に駆け寄り、赤ん坊の頬に手を当てる──かすかなぬくもりはあるが、わが子は息をしていなかった。 胸を拳で一突きされたような衝撃とともに、脈拍が上がり、思考は節度を失った。 急いで赤ん坊を抱きかかえると、一目散に医師の元へ駆け出した。 「先生、坊やが……坊やがおかしいんです」 乳児を抱いた主婦が目を異様に光らせ、息せき切って駆け込んできた。 老爺は一瞥し、無言のまま左手で診察台を指して促す。 女が寝かせた嬰児は、両の手を握り締めたまま硬直し、ピクリとも動かない。 一目で事切れているのが分かった。医師は力なく首を振った。 何かを語ったのだが、愛児の異変に理性が飛んだ母親に、医師の言葉はもう聞こえない。 赤子の亡骸を抱き上げると、狂わんばかりに往来へ飛び出した。 「この子を、この子を生き返らせる人はありませんか< 」 鬼気迫る必死の形相で、キサーゴータミーは行き会う人々、だれかれとなくすがりついた。 「大事な一人息子なんです。ようやく授かった子です。どうか、どうか助けてください。今は息をしていませんが、きっと吹き返すはずです。どこかに名医はおられませんか」 彼女の叫びが熱くなるほど、手だてのない哀れさ、悲しさは増していく。 遠巻きに眺めつつ、人々は涙を流したが、死者を生き返らせる法など、もとよりあろうはずがない。 あまりのことに見かねて、ある人が彼女にささやいた。 「舎衛城にまします仏陀・釈迦牟尼に聞かれるがよい」 沈み切っていた彼女の表情にかすかな光がさした。初めて聞く御名だが、あらたかな修行で力を得られた方に違いない。 愛児の笑顔が再び見られると固く信じて彼女は、すでに冷たくなり始めたわが子の骸を大事に抱え、舎衛城へ走りだした。 お釈迦様物語お釈迦様とキサーゴータミー 愛児の突然死に動転するキサーゴータミー。息子を生き返らせる術を求めて狂い回る彼女に、お釈迦さまの御名を告げ、教えを請うよう促す人があった。望みをつないだ彼女は仏陀の元へ走る。 いとし子の骸が氷柱のように、ズシリと腕に食い込む。舎衛の街からかなり歩いてきたが、“もう一度坊やの笑顔が見たい”の一心で、今は疲れを感じる暇もない。 祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)にまします仏陀・釈迦牟尼にお会いすれば、きっとこの子は息を吹き返す。 青白い息子の顔をのぞき込み、胸張り裂けんばかりの気持ちを落ち着かせてゴータミーは、郊外へ延びる一本道をひたすら歩み続けた。 精舎にたどり着くと、すぐに仏陀への面会を請うた。 不憫なこの女の来訪を感知なされたのか、許しはすぐに頂けた。 キサーゴータミーは、初めてお会いする釈尊のあまりの威徳に打たれ、この方ならば、の思いを一層強くする。ここへ来た経緯を申し上げ、頭を床にすりつけた。 静かに聞いておられた釈迦牟尼は、彼女の話が終わると優しく仰せられた。 「そなたの気持ちはよく分かる。愛する子を生き返らせたいのなら、私の言うとおりにしなさい」 救われた心地がして、ゴータミーは大声で返した。 「どんなことでもいたしますから、どうかお教えください」 「これから街へ行って、ケシの実を一つかみ、もらってくるのです。すぐにも子供を生き返らせてあげよう」 思いがけぬ言葉に彼女は、二つ返事で、早速、街に向かって走りだそうとする。その背中に向かってもう一言、釈迦は御声をかけられた。 「ただし、どんなケシでもいいのではない。今まで死人の出たことのない家から、もらってくるのです」 はやる気持ちを抑え、その言葉の意味も知らぬまま、彼女は精舎を飛び出した。 ただただ夢中で駆け続け、目についた家からしらみつぶしに訪ねていく。 初めの家では中年の男が“昨年、父が死んだ”と言った。 丁寧に辞して隣へ向かうと“夫が今年、亡くなった”と、今度は老女が答えた。 怪訝そうに出てきた向かいの主婦は“ついこの間、子供に死別した”と顔をしかめた。 同じ境遇の相手に、ゴータミーの心はうずいたが、躊躇している猶予はない。次々と訪ねては聞いていく。 どの家庭にもケシの実はあるが、死人を出さない家は一軒としてなかった。 彼女は、なおも“ケシ”を求めて駆けずり回った。 やがて日も暮れ、夕闇が街を包むころ、ゴータミーはようやく疲れを感じて立ち止まった。 もはや歩く力も尽き果てた。トボトボと釈尊の元へ戻ってひざまずく。 「ゴータミーよ、ケシの実は得られたか」 「世尊、死人のない家はどこにもありませんでした……私の子供も死んだことがようやく知らされました」 「そうだよ、キサーゴータミー。人は皆死ぬのだ。明らかなことだが、分からない愚か者なのだよ」 「本当に馬鹿でした。こうまでしてくださらないと、分からない私でございました。こんな愚かな私でも、救われる道を聞かせてください」 彼女は深く懺悔し、仏法に帰依したという。 時には、事実に話すよりも、何か実行させることによって、受け入れることができる、そういうこともあります。 お釈迦様は、キサーゴータミーに伝えようとされたのは、実行させねば分からない重い真実であったのでした。

一枚の布も無駄にせぬ心がけ 仏弟子・阿難のエコ感覚
お釈迦様物語 一枚の布も無駄にせぬ心がけ仏弟子・阿難のエコ感覚

気を抜いて歩けばつまずきそうになる絨緞が、廊下のはるか先まで続いている。 昼間だというのに、きらびやかな照明が明々と灯り、ぜいたくな調度が惜しげもなく置かれる城中。 かつて王族の一員であったから気後れするようなことはないが、市中は経済が悪化して、今日の食をも事欠く人があふれている。 どうにも違和感を感じつつ阿難(あなん)は“王さまも少し節約されては……”。心中、苦言をぶつけずにいられなかった。 ともあれ今日は国王の催す法話会(ほうわかい)に招かれている。挨拶の席では、後宮の侍女たちに説法してほしいと王から直々に請われた。そのせいか、いつもより緊張しているようだ。 阿難は、女性と接するのは得手でない。 だが、容貌が彼女たちの気に入るらしく、これまで幾人もの女性に言い寄られたことがある。 常に親切を心がけ、だれにも分け隔てなく接しようとすることも、時に好意と受け取られるようだ。 無道で熱烈な求愛に追い詰められたことがよくあったから、つい警戒心が先に立つ。 お釈迦様の御手を煩わせ、窮地を助けていただいたことも一度や二度ではなかったのだ。 それでも中には、彼とのかかわりを縁に仏道修行に目覚める者もあって、それはそれで喜ばしいことだが……。 そんなことを考えながら、阿難は後宮に足を踏み入れた。 居並ぶ五百人の女官たちを前に、阿難は説法を始めた。 “善い行為は幸せを生み、放埓な振る舞いはやがて身を責める。自身に現れる果報の一切は、自身の行為によって生み出されたもの” と因果の道理を勧め、身を慎み、徳を求める素晴らしさを説くと、静かに聞いていた宮廷の女性たちからは、好もしい雰囲気が感じ取れた。 話し終えると、すぐさま五百枚もの豪奢な衣装が届けられた。 聞けば、つい先ほど王から与えられた着物で、一枚が千金の値のする高価なもの。 阿難の説法に感銘を受けた侍女たちが、我先にと善根を求めたのだ。彼女らの尊志を、彼はありがたく受け取った。 次の日、食事の際に女たちが以前の服をまとっているのを見た王は、 「昨日、皆に与えた新しい衣装はどうしたのじゃ?」 と尋ねると、すべて阿難に施したという。仏弟子たちが決められた数しか着衣を持たぬのを知っていた王は、五百枚もの着物をどうするのか、阿難を呼んで問いただした。 「確かに世尊は、私たちの衣服の数を決めておられますが、衣類の施しを受けてはならない、ということではありません」 「しかし、そんなにたくさんの衣装を布施されて、どうするのだ?」 王は重ねて問うた。 「法友の中には、破れたり古くなったりした衣しか持たぬ者も多くありますので、彼らに分けたいと思います」 「では、彼らの古くなった服はどうする?」 「それぞれ、下着にいたします」 「今までの下着は?」 「寝る時の敷布に作り直します」 よどみなく阿難は答える。王はさらに尋ねた。 「ではそれまでの敷布はどうするのじゃ?」 「枕の布にいたします」 「その枕の布は何に?」 「足ふきに」 「使えなくなった足ふきは?」 「雑巾として使います」 「さすがに古びた雑巾は捨てるのじゃろうのう?」 「いいえ。細かく切って泥と合わせ、家を造る時、壁や床に塗るのです。わが師・お釈迦様は、布一枚に至るまで仏法領(ぶっぽうりょう)のものだから、決して粗末にしてはならぬと仰せです。すべてはこの世に生まれ出た本懐を果たすに大切なものだからです」 一枚の布も無駄にせぬ仏弟子たちの心掛けと、徹底した節約に、王は顔を紅潮させて感心し、しきりに阿難を称賛したという。 仏法領とは、私たちが生きる目的を果たすために必要なもの一切をいう。最も尊い目的に使うことで、そのものの真価が発揮される。 すべてを大切に、有効に生かす心掛けを、仏法は教えられているのである。

すべての人は平等なり 仏弟子・阿難の物語
お釈迦様物語 すべての人は平等なり 仏弟子・阿難の物語

お釈迦様物語 すべての人は平等なり 仏弟子・阿難の物語 きつい日差しが照り返して、足元からは熱気が立ち昇る。 汗ばむ額を手で拭いながらも、阿難(あなん)の心は浮足立っている。 ついさっき、托鉢(たくはつ)で出会った人が、仏陀のご説法を聞きたいと言ったのだ。仏弟子にとって、これほどうれしいことはない。 詳しく案内し、再会を約束して別れを告げた。 弾む思いで差しかかった村外れ。池のほとりを歩いていると、にわかにのどの渇きを感じた。 池の傍らで、一人の娘が水くみしているのを認めた阿難は、躊躇なく彼女に話しかける。 「すみませんが、とてものどが渇いています。水を一杯、施してもらえませんか」 突然声をかけられて驚いたのか、娘は目を見開き、戸惑った様子で小さくつぶやいた。 「私は卑しい身分の者。あなたのような高貴な修行者には差し上げとうてもできませぬ。どうかお許しください」 阿難は胸に痛みを覚えた。この国には婆羅門(ばらもん)、刹帝利(せっていり)、吠舎(べいしゃ)、首陀羅(しゅだら)という四階級がある。 婆羅門(僧侶)と刹帝利(王族)はほぼ同等の貴い身分とされているが、吠舎はそれらに対して婚姻はもちろん、交際や職業も禁じられている。首陀羅に至っては、直接、言葉も交わされず虫ケラ同然に見なされていた。娘は、その首陀羅だったのだ。 阿難自身は一国の太子である釈尊の親戚。僧となった今も身分は高貴なままだ。 振り返れば、以前は王族の驕りが身ににじみ出たこともあったし、出自の威光を振りかざして、人を傷つけたこともあったろう。 彼女が萎縮するのは、かつての自分たちの不遜な態度に原因があるようにも思える。 だが今は──仏陀の尊い教えを知り、この世の窮屈な身分や素性から解き放たれている。さとりこそまだ開いていないが、仏の法に生かされているのを喜ぶ身の上だ。 だからこそ、この娘の誤解を解かずにいられない気持ちがあった。光を求め、善を行うのに、人が決めた階級など関係ない、と。阿難は彼女に告げた。 「人間は生まれながらに貴賎が定まっているのではありません。私が教えを受ける仏陀・釈迦牟尼世尊はこう仰せられます。一切の人々は生まれながらに平等であり、自由だと。なぜなら私たちは等しく、人として生まれてきた尊い使命、目的を持っているのです。どうか素性など気になさらず、私に水を布施してください」 阿難の言葉に勇気づけられたのだろう。娘はやわらかく微笑むと、すぐに水をくんで捧げ持ち、彼に差し出す。 阿難は喜んでありがたく飲み干した。 お釈迦様が五十五歳になられたころ、常に世尊に付き従い、身辺のお世話をする侍者を求められた。 ご縁の深いお弟子方が協議し、阿難が適任だと推挙した。特に彼が、聞法に熱心であることを知り、お釈迦様は承認される。 それから八十歳でお亡くなりになるまでの二十五年間、阿難は変わらぬ姿勢で常に釈尊のおそばでお仕えした。 その阿難に、ある時こんなことがあった。 ──困った。 数日前から背中にできた腫れ物がヘソを曲げた。 初めは小さくて大した痛みもなかったから、見くびって放っておいたのがいけなかった。 昨晩あたりから膿んで、大きく膨らんでいる。背に手を伸ばして触ると、ギャッと跳び上がるような痛みが走った。 何より世尊のお世話に支障があっては申し訳ないが、動くたびに傷に響いて何もできない。かといって横になっているわけにもいかず、弱り果てた阿難は、釈尊にありのままを相談した。 静かに聞いていられたお釈迦様は、実際に患部をごらんになって心配される。まずは医師に見せ、しばらく休むように、と言われた。彼は早速、名医の誉れ高い耆婆(ぎば)の元へ向かう。さすが見立ては早く、切り取るのが最も早い治療とのこと。 だが、軽く触れてさえこの痛みだ。刃物を当てるとなれば、どれだけひどい苦痛かは自明である。 どうしたものかと皆で思案していると、何かひらめいたか耆婆が言った。 「阿難様は仏陀のご説法中、とても集中して、どんな物音も気にならない様子で聞いておられる。もしや聞法中に手術すれば、それほどの痛みも感じずに腫れ物を取り除くことができるかもしれません」 皆はまさかといぶかったが、ほかに手立てもなく、世尊にお許しを頂くと、果たして手術の時はやってきた。 やがて釈尊のご説法が始まると、阿難は微動だにせず、一言一句も漏らすまいと集中した。 法話が終わると、すっかり背中の腫れ物は除かれていたが、いつ耆婆が執刀し、切り終えたのか。阿難は全く気づかなかったという。 このように釈尊のご説法を真剣に、数多く聞き、しかもその内容を実によく覚えていたので、阿難は弟子の中で「多聞第一(たもんだいいち)」といわれるようになったのである。