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親鸞聖人と歎異抄を書いたといわれる唯円房

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カテゴリー:なるほど親鸞聖人 タグ:
 
親鸞聖人 歎異抄を書いたといわれる唯円房

「水戸商工会議所:報仏寺」から引用

親鸞聖人の教えを、流麗な文章で記した『歎異抄(たんにしょう)』。今日、最も有名な仏教書です。『歎異抄』は、誰が書いたものか、ハッキリしないのですが、「唯円房(ゆいねんぼう)ではないか」という説が有力です。
800年後のベストセラーになるような書物を著した人物として名前が挙がる唯円房とは、どんな人だったのでしょうか。

唯円が、親鸞聖人のお弟子になるまでには、大きな波乱がありました。元の名は平次郎。大の仏法嫌いで、放逸無慚(勝手気ままな行動をし、自己の心に恥じることのないこと)な悪人であったといいます。彼を仏法者に生まれ変わらせたのは、「血染めの御名号」でありました。

唯円が開いた報仏寺は、茨城県水戸市の郊外、河和田にあります。「血染めの御名号」は現存していて、古くなって文字がよく見えませんが、懐中電灯の光を当てると黒一色と思えた御本尊の上に、「帰命尽十方無碍光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」の文字が、かすかに浮かび上がってきます。「帰命尽十方無碍光如来」を十字の名号といいます。注意して見ると、帰命と尽十方無碍光如来の間を、左上から右下にかけて、斜めに切り裂いた跡があります。

出家前の唯円房

報仏寺には、次のような物語が伝えられています。
常陸国、河和田に平次郎という男がいました。大酒飲みで、仕事はろくにせず、ばくち、女狂い、喧嘩と、手がつけられない悪人でした。
それに対し、妻・おすわは、親鸞聖人の教えを熱心に聞き求める仏法者でありました。しかし、夫は大の仏法嫌い。
「おまえは坊主にだまされているんだ」
「これ以上、聞きに行くのなら、出ていけ」
とののしり、いつも妻を殴っていました。彼女の体には生傷が絶えない。それでも、おすわは、夫の目を忍んで聴聞に出掛けていたのです。
稲田の草庵(親鸞聖人関東布教の本拠地)でご説法があった日のこと、壁際にうつむいて座っているおすわを見られた親鸞聖人は、優しく声をかけられました。
「どうなされた……。悩んでいることがあるなら、この親鸞に話してみるがよい」
慈愛に満ちたお言葉の前に、おすわは、日頃の思いが噴き出して、泣き崩れてしまいました。
「夫は、私がご法話に参詣すると、殴る、蹴るの暴力を振るいます。しかし、後生の一大事を知らされた以上、聞法を断念することはできません。何とか夫にも分かってもらおうと努力しましたが、もう、限界なのです。今度こそ、家を出ようと思って来ました」
「そうか、よく分かった」
親鸞聖人はうなずかれ、
「しかし、あなたのご主人にも、後生の一大事があるのですよ。夫婦となったのも、過去世から深い縁があったのです。ご主人が荒くれているのは、心に深い苦しみがあるからですよ。あなたが、仏法を伝えなければ、ご主人は、苦から苦の綱渡りで死んでいかねばなりません」
と諭された。そして、
「おすわさん、十字の名号を書いてあげましょう。ご法話に参詣できない日は、この御名号を礼拝し、阿弥陀仏を一心に念ずるのです」
「はい、ありがとうございます」
「そして、つらいだろうが、ご主人には、明るく優しく仕えなさい。心から愛されるようになれば、必ず、分かってもらえます」
それ以来、おすわは、別人のように働いて夫の酒代を稼ぎ、明るく接するように努めていきました。

そんなある日の朝、いつものように、夫を仕事に送り出したおすわは、奥の部屋に御名号をお掛けして、
「阿弥陀さま、今日もご法話を聞きに行くこともできません。一体、いつになったら夫が許してくれるのでしょうか」
と言いながら礼拝していました。
ところが、その時、平次郎は、忘れ物を取りに家へ引き返してきたのです。おすわは、全く気づいていない。
平次郎には、おすわが、何かを広げて読んでいるように見えました。しかも、
「申し訳ありません。夫がなかなか家を出してくれませんので、お話を聞くことができません。おすわは寂しゅうございます」
と言っているではないか。
その言葉を聞くなり平次郎は、
「おすわ、何を見ているんだ!」
とどなり込んだ。おすわは、慌てて御名号を懐に隠しました。
「出せ!今、見ていたものを見せろ!」
夫の罵声を浴びて、おすわは、紙のように白くなってしまいました。
「隠したな、何か!」
「いえ……」
「今、懐へ隠したものは何だ!」
「これは……」
胸を抱いて、彼女はすくんでしまいました。見せれば、たちまち御名号を破ってしまうだろう。
「ははあ、読めた。男からの手紙だな。どうもこのごろ、おまえの様子が優しすぎると、変に思っていたが、隠し男を作っているな」
「まっ、めっそうもない」
「いや、そうに違いない。だから、おれの目をごまかすために、優しくしたのだろう」
「どうしてそんなことを……。あまりにも情けないお疑いでございます」
おすわは、髪の毛を震わせて、夫の言葉を恨めしく思いました。
「じゃあ見せろ。見せられないだろう。よくも、男の面に泥を塗りやがったな。こうなったら、生かしておけねえ」
平次郎は、山刀を抜いて、おすわに切りかかりました。おすわは逃げ惑う。
「誤解です、おまえさん。見せますから待って!」
と絶叫したが、
「ええい、今更、見たくもねえや。思い知れ」。
たけり狂った平次郎の山刀は、彼女の肩先から胸にかけて、びゅっと、斜めな光を描いた。
「キャッー!」
これが彼女が夫へ残していった悲壮な終わりの一声であった。

お釈迦様と殺人鬼オークツマラ

「切った……」
平次郎は、しばらくは呆然としていたが、やがて、我に返ると、身の毛がよだってきました。
「おすわ……、ああっ、おれは何ということをしてしまったんだ……」
しかし、もう悔いも男泣きも間に合わない。このままでは、殺人犯として捕らえられると思った平次郎は、おすわの死体をこもに包んで、裏の竹薮に埋めてしまいました。
「これで、だれにも分かるまい」
と思って家に帰ると、どうだろう。殺したはずのおすわが、何食わぬ顔をして、出迎えるではないか。
平次郎は、驚きのあまり、立ちすくんでしまいました。
「あなた、どうなさったのです?」
「おすわ、おまえは、本当におすわか……、キツネやタヌキであるまいな」
「何を馬鹿なことを言っているんですか」
「確かに、おれは今、おまえを殺して竹薮に埋めてきたはずなのに……。じゃ、おれは一体、だれを殺したんだ……」
おすわも、事の次第を聞いて驚き、人違いだったら一大事と、二人で、竹薮へ急ぎました。
おすわを埋めたはずの所を掘り返してみると、不思議にも、「帰命尽十方無碍光如来」の御名号が出てきました。しかも、帰命の二字より袈裟懸けに切られ、血潮に染まっている。
ハッと、おすわは、懐を確かめました。親鸞聖人から頂いた御名号がない。
「ああ、私の身代わりに……。未来ばかりか、この世から、このような大悲を賜るとは……」
言葉も絶え果て、南無阿弥陀仏と念仏を称えるばかりでした。
平次郎も、あまりのことに両目に涙を浮かべてひざまずき、念仏を称えるのでした。
ここに、縁が熟したのか、平次郎は、山刀で自分の髪を切り落とし、女房に向かって、
「そなたは、おれの善知識(ぜんぢしき・仏教の先生のこと)だ。これまで仏法をそしり続け、今また、尊き御名号をやいばにかけるとは、恐ろしい地獄行きの大罪を犯してしまった。おすわ、許してくれ……」。
平次郎の後悔の涙は止まりませんでした。
そのまま、夫婦そろって、稲田へ向かい、親鸞聖人に、一切の顛末をお話ししたのである。
平次郎は尋ねる。
「聖人さま、あんな不思議なことは、想像もできません」
「そんなことは、まだまだ不思議のうちに入りませんよ。御名号には、もっともっと不思議なお力があるのです」
「私は、御名号を切り裂いてしまいました。仏にやいばを向ける恐ろしい罪を犯してしまいました」
「あなたが、親を殺す五逆罪、仏法をそしる謗法罪は、恐ろしい行為です。しかし、阿弥陀仏の作られた名号には、どんな極悪人をも、絶対の幸福に救い摂ってくださる不思議の大功徳がおさまっているのです」
「私のような者でも、救われるでしょうか」
「どんな人でも、必ず助かります」
親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願を懇ろに説かれました。悪逆の限りを尽くした平次郎も、親鸞聖人のお弟子となり、唯円房と生まれ変わったのです。

以来、ご法話の日には、唯円とおすわが仲良く連れ立って参詣する姿が見られるようになりました。唯円は、69歳で亡くなるまで、親鸞聖人の教えを伝えていきました。
おすわと平次郎の物語は、名号の不思議な大功徳を印象深く表した伝説です。

『歎異抄第1章』に、

「弥陀の本願には老少・善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし。その故は、罪悪深重・煩悩熾盛(しじょう)の衆生をたすけんがための願にてまします」

と記されているように、阿弥陀仏の本願は、どんな人をも、必ず助ける、平次郎のような悪人でも、決して例外ではなかったのです。

歎異抄で最も多くの人に知られているのは

→ 「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」の意味

 

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あさだ よしあき

ブログ作成のお手伝いをしています「あさだよしあき」です。 東京大学在学中、稲盛和夫さんの本をきっかけに、仏教を学ぶようになりました。大学院修了後、社会の荒波の激しい中、心にぶれない軸ができ、どうすれば、周りの人に喜んでもらえるかを中心に、毎日、心豊かな生活を送ることができています。 仕事のかたわら、わかりやすい仏教講座に、年間100回、立ってきました。現在は、1から仏教を学びたい人の為に、わかりやすい教材作成に取り組み、20年以上、学んできたことを、伝えたいと思っています。 ちょっとした関心から、奥深い仏教の世界を垣間見てほしいと思います。
 
 
 
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