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親鸞聖人・弟子一人も持たずの御心

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カテゴリー:親鸞聖人のご生涯 タグ:
 

弟子一人も持たずの御心

京都にまします親鸞聖人を慕って、関東からやってきた信楽房(しんぎょうぼう)というお弟子がありました。親鸞聖人からかわいがられ、直筆の御本尊やお聖教まで賜っていましたが、ある時、親鸞聖人の仰せに反発し、友達の制止を振り切って、門下から飛び出しました。
親鸞聖人に後ろ足で砂をかけて去る信楽房に、お弟子たちが、
「あいつ、お師匠さまから頂いた御本尊まで持っていったのではないか」
「許せん、取り返してくる」
と、息巻きます。それを見られた親鸞聖人は、
「もうよい。信楽房は、この親鸞との縁、尽きたのだろう」
と静かに言われました。
連れ添う縁あれば同行するが、離れる縁あれば別れねばならぬ、人の離合集散は入り組んだ因縁によると『歎異抄』に、親鸞聖人は仰っています。

つくべき縁あれば伴い、離るべき縁あれば離るる(歎異抄第六章)

利害目的が一致しているうちは仲良くても、利害が対立すると解散する。政界や企業などでよく見聞きしますが、仏法者の和合は、利害の一致ではなく、同じ教えを聞き求めるところに生まれます。
10年以上も親鸞聖人や友達たちと苦楽をともにしてきた信楽房でしたが、納得いかぬと言い張り、親鸞聖人から離れていきました。憤懣やる方ない弟子たちに親鸞聖人は、
「皆、よく聞かれるがよい。つくべき縁あれば伴い、離るる縁あれば離るることがあっても、決して、あれはわが弟子だとか、他人の弟子だとかの争い、仏法者にあってはなりませぬぞ」と諭されたのです。
親鸞聖人は「あれは私の弟子だ」「うちの門徒だ」「私が仏道へ導いたのだ」との不心得を厳戒なされました。本当の自己の姿を知らされた親鸞聖人は、以下のように仰っています。

是非しらず邪正もわかぬこの身なり
小慈小悲もなけれども名利に人師をこのむなり
(慚愧和讃……親鸞聖人の懺悔を詩にされたもの)

(意訳)
是非も正邪もわきまえぬ、上に立つ値などなき身でありながら、先生とかしずかれたい名誉欲と利益欲しかない親鸞、どこまで狂い切っているのか。情けない限りである。

多くのお弟子がいた歴史上の事実

しかし実際は、親鸞聖人には多くお弟子がありました。それなのに「親鸞には、弟子など一人もいない」と仰ったのは、どういうことでしょうか。

「己の力で救えるのならば、わが弟子、ともいえよう。じゃが、阿弥陀如来のお力によらねば、アリ一匹、救われないのだからのぉ。それを己の弟子と思うなど、言語道断、断じてあってはならぬこと」

表面上、お弟子たちは、親鸞聖人に導かれ、生死の一大事に驚いて、真剣に聞法し救われたように見えますが、真実はそうでないことを、誰よりも親鸞聖人は深く自覚なされていました。
すべて阿弥陀仏のお力によって導かれている人たちを、わが弟子とは、毛頭思えなかったのでしょう。

小慈小悲もなき身にて有情利益はおもうまじ
如来の願船いまさずは苦海をいかでか渡るべき
(愚禿悲歎述懐和讃……親鸞聖人の嘆き悲しまれたことを詩にされたもの)

(意訳)
微塵の慈悲も情けもない親鸞に、他人を導き救うなど、とんでもない。弥陀の大慈悲あればこそ、すべての人が救われるのだ。

去りゆく信楽房に向かって親鸞聖人は合掌し、
「信楽房よ。火宅無常の世界は、よろずのこと、皆もって、空事、たわごと、まことはないのじゃ。ただ弥陀の本願のみぞ、まことなのだ。いずこの里に行き、いずれの師匠につこうとも、これだけは間違ってくれるなよ」
信楽房の身を案じられる親鸞聖人のお気持ちに、お弟子たちは深く頭を垂れるばかりでした。

(次へ:最期のお言葉「御臨末の御書」

 
 
 
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